懐かしい重箱で丑の日に鰻重を頂きました



昔、それは昭和の二十年代頃だったかな。
ivyは小学生の高学年になっていた。
父親は板前で「おかめ食堂」という名の大衆食堂兼割烹料理屋を営んでいた。
我々、子供達は近くの祖父母の家に住み育てられた。
祖父も板前だったが稼業を長男(ivyの父親)に譲り、隠居生活を送っていた。
祖父の家を何故か本店と呼んでいたが、それはともかく、その本店の家に鰻を炭火で焼くコンロとタレの壺があったのを今でも鮮明に想い出すことができる。

ここは、隠居宅だから商売用の座敷もなく、蒲焼を客にもてなすことはなかった。
ここで祖父が焼いたものを父親の「おかめ食堂」へ提供していたらしい。これなら話として理解できる。
祖父が亡くなると父親が、ここで焼いていたことも記憶にある。

焼かれた鰻は、この重箱に詰められて「鰻重」として客をもてなしたらしい。
蓋は黒内側は朱色で黒色の「おかめさん」が描かれているが、金沢漆器だと思うが、今でも残っている。
そう、小さいころ大人たちが店の名を「おかめさん」と呼んでいたのも覚えている。
人さんから「おかめさんの息子さんかい・・・」なんて言われるの子供心にも恥ずかしいものだった。

普段は使わないので目に触れることはないが、この夏の丑の日に久しぶりに出してみた。
「おかめさん」の絵というか「おかめ食堂」のトレードマークだ。
そうだ、鰻重にして猛暑の夏に負けないようにいただこう。
十二支の「丑」のつく食べ物は「鰻」これが、どうやら土用の日に鰻を食べる慣わしになったとか聴く。

さぞかし「おかめさん」も、この日は繁盛したことだろうな。
もっとも我々、子供の口には入らなかったと思うが秘伝の美味しいタレの匂いだけは忘れていない。

鰻の蒲焼を買ってきて、重箱に詰める。



「山椒」の香りも味わいながら、一時、昭和の昔を想い出しながら美味しく頂戴できました。
鰻重で一句 浮かびました「土用入り親の鰻重今に継ぐ」。
 
コメント

今晩は。
いつもブログにコメントありがとうございます。
歳と共に昔のことが想い出されるようになりました。
不思議ですね。
特に夏が好きです。
これからは夏祭りの第二段「ドカンショ踊り」が控えています。

  • ivy
  • 2015/07/29 22:23

暑さ厳しい日々もIVYさん宅では夏の風情を
満喫されているご様子をブログ訪問で拝見し
私も風景を想像しながら楽しませていただいてます
おかめさんが描かれた朱塗りの重箱でいただく鰻重
感動ですね。





  • パリス
  • 2015/07/28 10:28