千曲川のスケッチ〜を母校の小学校で朗読しています!!

 

小諸を代表する文化人といえば明治時代の文豪「島崎藤村」ではないでしょうか。

その代表作は沢山ありますが、中でも多くの方に親しまれているといえばエッセイ「千曲川のスケッチ」です。

その千曲川を一望できる場所は小諸城址公園・懐古園の見晴台だと思います。

の写真は11月上旬の懐古園の紅葉が見ごろを迎えた時に撮影しましたが、小諸一帯を流れる千曲川は近くにダムがあり、水量が調整されるので、割と穏やかな流れになっています。

 

子供の頃は夏は水泳をしたり鮎釣りをしたりして遊んだものです。そして、冬はダム湖が結氷して下駄スケートもしましたよ。

今の時代に育った子供達は、そんな遊びを知りませんね。とにかく町で子供の姿を見るのは登下校の時位いなものです。

 

その子供達に昨年から月に一度、教室に出向き朗読ボランティアの一人としてivyの後輩に当たる小学生の諸君に20分の持ち時間で朗読をさせていただいております。

 

朗読ボランティアをするようになったのは、学校から自治会に回覧版が配布され、それを読んでいて、私にもできそうかなと軽い気持ちで校長先生他のみなさんと面談する機会がありました。

 

私達が小学校に通った時代は今から60数年前のこと、一クラス50人前後で四クラスもありましたが、今は一クラス20人前後で二クラスしかありません。ここにも少子化の影響がみられました。

 

朗読を始めた頃から「読み聞かせ」のスタイルも、朗読でした。お子さん達に絵本を見せながら、お話をするのではなく、ただ、聴いていただく。このスタイルは一年経っても変わっていません。

 

私も恥ずかしながら、学生時代の時も島崎藤村の小説などは読んでいませんでした。もっぱら松本清張などの推理小説を読みあさっていました。

 

転機を迎えたのは、会社を定年退職して、毎日が日曜日族になった時でした。

島崎藤村と一年お祭りをしましょうと「ガラ藤村」というイベントへのボランティア参加の要請でした。

「島崎藤村」と聴いた途端、私は一つ返事で承諾したのです。

準備からイベントが終わるまで丸一年予、サラリーマン時代には経験したことがなかった出来事が、次から次へと発生してきたのです。終わってみれば、楽しかった、辛かった、でも満足した一年間だった。

収穫は、サラリーマン時代と縁を切り、また新しい交友関係が生まれていた。

 

あの時、隠れて読んでいたのが、「千曲川のスケッチ」だった。

藤村は明治の時代に小諸義塾の国語と英語の教師として冬子夫人を伴い赴任してくる。

新居を構えたのが「馬場裏」だった。

それから七年間、小諸で暮らし、小説「破壊」の原稿を書き上げ、出版の為に上京することになり小諸を去る。

「千曲川のスケッチ」は、この小諸滞在中の藤村の眼に映った出来事を紙とペンでスケッチしたのだ。

 

今、子供達に、「千曲川のスケッチ」を朗読している。

沢山の章節に分かれているので20分で話し終え、しかも子供達にも理解してもらえそうな章を選んで、今のところ「学生の家」を朗読している。

 

今月も八日の金曜日に朗読が予定されている。

朝、八時二十分から。

 

ブログなのに、こんなに書いてしまいすみません。私の悪い癖です。

 

追記:今夜、ブログをUPした後、フッと思うことがありました。

古い記事ですが、島崎藤村著「千曲川のスケッチ」を朗読し、ブログにUPしていました。私のブログ内で「朗読」をサイト内、検索しましたら、結構、書いていました。中には私の朗読を聴くこともできました。もう忘れていました。

よろしかったら飛んで聴いてみてください。

子供達向けの話し方とは違っていました。

 

http://blog.life.under.jp/?search=%CF%AF%C6%C9

 

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