初めて読んだ歴史小説「風林火山」

初めての歴史小説「風林火山」

これまで私の書棚に時代物や歴史小説のたぐいは一冊もなかった。
ところが今年の正月からスタートしたNHK大河ドラマ「風林火山」は、昭和の文豪 井上 靖の「風林火山」が原作だった。
このドラマの主人公は「山本勘助」。勘助ゆかりの地である小諸市民の一人としては、なんとしても読んでおかなければ話にならないと思いつつ、テレビのドラマは欠かさず観ていた。

ドラマのストーリーは井上 靖の原作を元に脚本家である大森寿美男氏が原作に描かれなかった勘助の青春時代からスタートした。そして四月に入り、いよいよドラマも信濃を舞台に移し、原作の内容が克明に描写されるはずだ。こうなると、ますます読みたくなる衝動にかられる。

ドラマのクライマックスは、あの「霧の川中島の合戦」だ。私が勤務した会社は、まさに川中島にあった。ところが20代から勤めたにもかかわらず、退職するまで、関心がなく信玄や謙信の史跡や本には縁がなかった。

今年になってドラマのストーリーの本と原作である井上 靖著「風林火山」の文庫本は買って、テレビの棚に置いてあったが、原作本には手を出さなかった。

それが、恐る恐る一ページ目から読み始めると、なんと二日で一気に読了していた。本は積読で有名な私だが、これには自分で驚くやら、珍しいこともあるものだと感心するばかりだ。

これまで観てきたドラマの映像が頭に焼き付いていて、小説に登場する人物像が鮮明にイメージとして私の脳裏を行き交う。

この「風林火山」。戦国時代の戦がテーマかと思ったが、とんでもない。
山本勘助が惚れる武将「武田信玄」と信玄の側室「由布姫」の壮大な人間ドラマだった。

小説の終章(十三章)で川中島合戦で信玄と謙信の壮絶な戦闘シーンが書かれているが、テレビドラマより臨場感一杯に迫って読ませてしまった作者の巧さ。

昭和28年に「小説新潮」に連載が始まったというから今から54年も前に書かれた小説ということになるが、何故、もっと早くに読む機会に恵まれなかったかと悔やむ。

NHKのドラマ・ストーリーの本の中で、原作者「井上 靖」のご子息「井上修一」氏が書いているが「父は「風林火山」の最後の場面が、特に気に入っていた。川中島の戦いで上杉謙信の奇襲に武田信玄を守って倒れる勘助の衰えていく感覚の中に、待ちに待った本隊が引き返してくるホラ貝の音が遠くから聞こえ、初め芥子粒のようだった援軍の姿が、段々と大きくなってくる・・・・」。私もこの場面は、ハラハラしながら読んでいた。そしてクライマックスで敵の若い武士から討たれる場面で書かれた、

「勘助の一生の中で、一番静かな時間が来た。相変わらず叫声と喚声は天地を埋めていたが、それはひどく静かなものに勘助には聞こえた。板垣信方の顔が現れた。信方は言った。随分長く生きたな。俺が死んでから十何年も・・すると、今度は由布姫の顔が現れた。由布姫は、彼女が機嫌のいい時見せた笑い方で笑った。玉を転がすように、その声は転がって来た。その傷は何ですか。生まれつき見られない顔なのに、またそんな重傷を負って・・非難をこめて言う独自の由布姫の言い方の快さが、勘助の心を痺れさせた。その時、山本勘助と見受けるが・・・名を名乗れ。 まだ若々しい声が聞こえた。若い武士に討たれることが、勘助は何か満足だった。いかにも、武田の軍師、山本勘助・・・」。
私は、声は出さねど、台詞を喋るように、抑揚をつけて、少し興奮気味に語りながら読了した。

かつて恨みをもち仇討ちの相手であった武田家に近づき、板垣信方に推挙され武田家に仕官する勘助だったが、武田家の御曹司、武田晴信に惚れたばかりか、晴信の側室の世話までし、側室に生ませた子が、やがて成長し初陣を飾るのにふさわしい城まで築城してしまうほど、武田家に惚れこんでしまった山本勘助は、果たして軍師だったのか。「風林火山」で描かれる勘助像は、見た目は醜い足を引きずり、片目の男だったが、実は、武田家の繁栄と行く末を心から願っていた、「優しい心」を持った男だった。

本を読むまで、ただ、城作りの名人だったとか戦略家とか表面的なことしか知らなかっただけに、恥ずかしい限りだ。

勘助が伝説上の架空の男だったか、「甲陽軍艦」など歴史資料により実在していたとも言われているが、井上 靖著「風林火山」を読んでいるうちに、そんなことは、どうでもよくなり、「男のロマン」を追い続ける一人の男の物語として読めた。そして「山本勘助」をもう少し知りたくなる。

黄金の10年へ・・・・・

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雨の朝を迎える。

昨年の10月の臨時増刊号「悠々として急げ」に続いて文芸春秋5月臨時増刊号「黄金の10年へ」を書店で立ち読みしてから買い求めた。

サブタイトルの「黄金の10年へ」は読者に投げかけられた暗示のメッセージであると思うが私なら、どう受けとめるか。私は今67歳これから10年とすれば77歳。私の「黄金の10年へ」を模索してみよう。

「知的円熟世代のヴィジュアル総合誌」と銘打って発刊されたが、「サライ」とは編集方針が違うような気がする。大判の見開きでカラー写真が掲載される迫力。今日は一日ワクワクしながら読み続けた。

ロング・インタビュー浅田次郎、現地イタリア・インタビュー塩野七生を一気に読む。進化する大人の街「六本木」は国立新美術館を特集している。
川上弘美のショート・ストーリー「春二番」は文春らしく小説も愉しめる。ページのあちこちで目にするお洒落なイラスト。一日で読んでしまうにはもったいないので、雑誌を閉じた。

雨も上がり薄日も射してきた。

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待ちかねたようにカミさんは庭に出ていた。雨に濡れてしっとりとした庭は植物たちの色が少し春色に変化していた。「晴耕雨読」なんて柄ではないが、これからの季節、お天気さえ良ければ庭が一番愉しくなるころだ。

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山野草の師匠が、にこにこしながらビニール袋を提げて訪ねてきた。「忘れな草」が手に入ったので鉢植えにして持ってきたよ。暫くは室内の明るいところで飾っておきな。

「黄金の10年へ」か。
このままで、いいような気がする。そう、このままで77歳になっていれば最高だな。

キリンここち開花フォトコンテスト2006受賞者がWEB公開されました。
IVYが応募した写真も「優秀賞」に選ばれました。
よろしかったら下記のアドレをクリックしてご覧ください。
http://www.kokochikaika.com/contest/2006/p2.html


小春日和はお散歩日和

お散歩1
お散歩2
お散歩3
お散歩4
お散歩5
お散歩6
お散歩7
お散歩8
お散歩9

東京では桜が開花したという。
いよいよ桜前線が日本列島を駆け巡る。
暫く続いた寒の戻りも、ないだろう。
でも春のドカ雪にはご用心。
タイヤの履き替え躊躇する。
娘と孫が墓参りに来てくれた。
「おっしゃん」読経に来てくれた。
早くも明日は彼岸明け。
春うらら。
家にいるのは、もったいない。
散歩がてらに孫と遊園地へ。
機関車やえもんに乗り遅れ。
歩け、歩けと気持ちよい汗。
道端で芝桜が、ぼつぼつ咲き始めていた。
孫にもカメラを持たせた。
花だ虫だとパチパチ撮っている。
蝶が舞うのどかな芝生で日向ぼっこも。
孫とペアールックのGジャンでジジ撮ろうよとセルフ撮り。
鹿谷も昔のままの通い慣れた道。
往きはよいよい帰りはおんぶ。
あー疲れたよ。

速報「NHK大河ドラマ!!風林火山!!特別講演会」のご案内

いつもお世話になるギャラリー福槌さんのオーナーは「小諸城」と風林火山を語る会の会長さんでもある。IVYのブログ「小諸日記」でもオーナーの応援記事をUPしているが、本館の、このページでもご案内させていただくことにした。

風林火山の特別講演会のポスター

PS
右サイドバーのナビゲーター窓に表示した風林火山のピンバッチ。
「小諸城」と風林火山を語る会が制作したもので近日発売予定だそうです。

早春の塩野の森へ

早春の塩野の森を訪ねて

ここは長野県北佐久郡御代田町の標高1,000mの塩野の森。
小諸から車で15分ほどで到着する。
ここに一番下の妹夫婦が都会から脱出して田舎暮らしを始めている。
自宅から歩いて一分のところに浅間山麓に開発された名門「大浅間ゴルフクラブ」がある。


今日は妹二人がカミさんからパッチワークを教わるのが目的で我々が行くのを待っていてくれる。スローライフが慣れてしまっているせいか、これでも急いで出かけたつもりだが約束の時間は過ぎていた。

早春の浅間山1

通称1,000m道路という道が中軽井沢まで通じている。この道から少し折れて一分ほど歩いて行くと、左に「黒斑山」右に「浅間山」が圧倒的な迫力で迫って見えてくる。

妹宅のグリーンインテリア

夏は避暑地としては最高の環境に住んでいるが冬は標高が高い分、厳しい寒さに耐えねばならない。床下暖房と薪ストーブは必需品だという。快適な温度設定の環境に室内の植物たちも元気がよさそうだ。「おはよう」と入っていくと開口一番に「この冬籠りの作品です」と「句集」を見せてくれた。今回はパソコンで作らなかったので、これ一冊のみよ。読んでいくと妹夫婦のこの冬場に過ごした日々が手に取るようにわかる。穏やかな日々の様子に安堵する。「友と来し 表参道 銀杏散る」上京したんだな、「節分や きっちり食べる 豆の数」アレこちらの旦那、豆た食べたっけ?。

明るい陽射しが射し込むリビングのソフアに深々と座り込み、ぼーとしていると眠たくなってしまうほど静かだ。このお宅の夫婦は大の読書家でもある。誰かさんの積読とは大違いだ。読みかけの本が置いてあった。半藤一利著「其角俳句と江戸の春」、もう一冊は田辺聖子著「おせい&カモカの昭和愛惜」。「いもたこ・・・」も健次郎さんが倒れて、いよいよ最終章。藤山直美で観せた朝ドラが終わる頃、日本中が桜の話題で持ちきりだろうな。

パッチワーク

女性たちのパッチワーク教室が始まったようだ。私はお天気が良かったので散歩に出た。場所によっては秋と冬と春が同居するような風景に出会う。ipodで陽水を聴きながら森へ入っていった。唐松の木を盛んにつつく「きつつき」のような鳥にも会う。後ろを振り向けば「蓼科山」や遥か「八ヶ岳連峰」も青い空に、くっきりと遠望できる。

塩野の田園風景

この辺りは唐松林が多い。そういえば、今冬は、とうとう「唐松の霧氷」は見ることができなかった。 高原野菜畑も、苗が植えられ青々としている。

一時間ほど歩いていたが時計を見ると、そろそろお昼だ。さてさて本日のメニューが楽しみになってくる。

妹の手作りランチ

帰ると教室も午前の部が終了しテーブルにはマットが敷かれていた。

最初に出てきたのは「サラダ」。続いて「ハッシュドビーフカレー」。デザートは抹茶のアイスクリームの林檎と苺添え。そしてコーヒーと「バナナマフィン」。全部美味しく頂戴する。

教室も午後の部が再開された。私はベランダに出て「日向ぼっこ」を愉しみながら小鳥が餌台に寄ってくるのをじっと眺めていた。やはり森だな小鳥が多い。みんな春を待ちわびている。

テレビで先の桜の開花予報で気象庁が計算ミスを犯してしまったと報じていた。このところ、国民に詫びる姿をテレビで見るが、もう見飽きたね。

イタリア談義

イタリア談義

ここ数日、この時季本来のお天気が続く。北信では雪降りの一日になったらしい。桜の開花予報が発表されたばかりだが、今度は修正予報が出るだろう。旅行代理店も花見ツアーのスケジュールを組めなくて困っているらしい。

ここ東信は朝から良く晴れたお天気となったが北風が冷たく部屋もストーブを点火し、炬燵から離れられない。

午後、久しぶりにMさんが来訪する。
IVYおじさんたちのように私たちもイタリアへ行ってきます。
子供たちもそれぞれ自立して、やっと私たちも旅を楽しむことができます。
パパの還暦祝いと私たちの結婚30周年を記念して思い切って海外へ。
と嬉しそうに話出す。
今日はイタリア旅行の先輩としてお話をお聴きしたくて。
炬燵で松代の茶菓子があったので煎茶と一緒にお出ししながらイタリア談義が始まった。

私もそうだった。
イタリアから帰ってから「紀行記」をホームページに残している。
こんな文章で書き始めている

「14時間の長旅。なんとか、禁煙もできた。いよいよ、夜のとばりのおりた、ローマはフィウミチーノ空港に着陸である。空港の滑走路が夜間照明に照らされて、真っ直ぐのびている。機長の着陸成功のアナウンスに機内から拍手の音が聞こえてきた。初の入国審査を無事通過して、ローマ入りする、感激の一瞬である。時に19時を少し過ぎていた。日本との時差は−8時間。今夜はホテルに直行して遅い夕食となる。
プログラムには「ローマ料理」と記載されている。お腹も鳴ってきた」。



思えば59歳で会社を飛び出した翌年の二月にカミさん孝行も兼ねて憧れだったイタリアへ胸躍らせて旅立った。還暦記念も兼ねていたのでトランクには赤いセーターを密かに詰めていた。あれから七年の歳月が過ぎていた。後二年すればリタイア十年目を迎える。なんと月日の経つのが速いこと。

まずアルバムから見ていただくことにした。あの頃は、まだフィルム写真だった重たい一眼レフカメラで36枚撮りフィルムを12本も撮ってきた。デジタルカメラは35万画素クラスでサブカメラだった。アルバムのページの何処を見てもハイポーズの写真は見当たらない。どれもイタリアの食と人と風景と建物ばかり。

お二人共カメラ好き。ツアーならガイドの説明など聞かなくていい。ツアー客の一番最後列について、好きなようにシャッターを切りまくって。などと余計なお節介を言ってしまう。

誰かさんが言っていた。
旅は美味しいものを舌で味わい、美しいものを目で堪能し、そして旅の音も耳で感じてきてください。確かにそうかも知れないが、便利なデジタルカメラがある時代だ。沢山撮って帰ってきてください。

ツアーには素敵なプランが組み込まれていた。なんとあのアガサ・クリスティーの推理小説で有名な「オリエント・エクスプレス」にフィレンツェからヴェネツィアまで乗車するとのこと。そして更に列車の食堂車でフルコースのディナーも賞味するという。この列車は、なかなかキップが取れないことでも有名だ。想像するだけでも素敵な結婚30周年の思い出に残る旅になることだろう。

旅のご無事を。そして、行ってらっしゃい。

★PS
イタリア紀行記が、まだサーバーに残っておりました。

http://www.valley.ne.jp/~ykakegaw/italy/top.html

イタリア紀行記テキスト版
http://www.valley.ne.jp/~ykakegaw/tekisuto/roma/index.html

余談だが、イタリア旅行を体験していなければ、今の「男のイタリアン」など存在しない。それほどイタリア旅行は私にとってはインパクトが強かった。

今日も生かされて

今日の一日をスナップで

日蓮宗新聞を今年から購読することになった。
月に三回送られてくる。今朝も3月10日号がポストに入っていた。
新聞を開くと大きな活字の見出しが目に飛び込んでくる。
「春のお彼岸、感謝の心で」。
後一週間もすれば春の彼岸の入りだ。
時の流れがますます速くなっていくような気がしてならない。

朝、洗濯したばかりのシューズを履いて散歩に出る。履き心地満点で、とても気持ちがいい。
万歩計は一日中、着用することにした。いったい一日何歩位い歩いているのか計測するのも参考になる。

帰宅して昨夜、放映された「ソーダーブレット」を焼いてみる。
イースト菌を使わないで重曹つまりソーダーを使い薄力粉だけで焼くパンというか菓子だ。お昼に試食するが、「美味しくない」。こりゃ駄目だ。

お昼は残りものでサンドイッチを作る。ミルクティーは、昨夜の淹れ方で。
これは美味しい。サンドイッチにも良く合う。

午後は図書館へ。倉嶋 厚さんの「癒しの季節ノート」を借りてくる。
倉嶋さんはご存知、気象予報官として退職後はNHKテレビの気象キャスターとして人気があった方。読売新聞の長野版にも寄稿されておられるが、この方のお話が素晴らしい。いつか読んでみようと思っていたが図書館で今日、見つけることができた。

福寿草

庭の福寿草も、ここ二、三日の低温続きで、開花寸前のまま成長が止まってしまっている。温室で管理してきた薔薇の挿し木も、なんとか冬越しに成功して緑の葉も、いきいきしている。早く鉢に移植してやりたいが、この作業、やはり四月に入ってからか。もう鉢を置くスペースなど、ないというのに。

明日から二日間、法事の御呼ばれが続く。
若くして亡くなった仏さんの分まで長生きしなければ。
幸いにも健康で、こうして日々を過ごさせてもらっていることに感謝して。

PS


今19:52
万歩計の数値は4,390歩。
結構、歩いているもんだな。

早春の庭を愉しむ

プリムラジュリアンの植替え

朝食を済ませて庭に出る。
午前11時の気温が22度まで上昇している。
今頃ろの気温としては信じられないほどのバカ陽気だ。
だが、明日は一転して春の嵐になるという。

庭のマスコット達

庭を一回りしてみる。一分で終了してしまう猫の額ほどの狭い庭。
土がカラカラに乾燥している。鉢のマスコット達も、この陽気に気持ち良さそうだ。早速、散水から始める。

早春の庭

雪解けのころ庭道が緩むので板を敷いたままになっている。そろそろ撤去しないと美観を損なうな。鉢植えの薔薇の木にも赤い芽がびっしりついている。牡丹もテッセンも芍薬もレンギョウも紫陽花も赤い芽が膨らみかけてきている。日陰では福寿草もすくすくと背を伸ばし開花寸前だ。

ジュリアンとビオラ

キリンさんに頂いた「プリムラジュリアン」を室内で愉しんできたが、今日、プランターに植え替えして庭に出してやった。小さな篭の中に四苗を植えたが、葉だけが徒長してしまい鉢土が隠れてしまい出してみたら、水のやり過ぎだった。これでは花も絶えてしまうのも無理はない。プランターには新しい用土と肥料を施して植え替えた。鉢に植えて庭で愉しんでいた「ビオラ」も雪や寒さなど屋外での管理は難しい。強い植物なので、剪定して水と肥料を施した。これで陽気も良くなることだし、また元気に咲き続けてくれることだろう。作業が終わったのは三時を過ぎていた。珍しくカミさんが庭に出てこない。何をしているのか、今日は新しい絵を描き始めていたらしい。二階の窓から珍しく「お茶が入りましたよ」と声がかかる。

プリムラジュリアンを一輪挿しにしてテーブルへ

コーヒーを飲みながら、摘み取った「プリムラジュリアン」をガラスの花瓶に入れる。黄色のジュリアンが部屋を明るくしてくれている。

切花のクリスマスローズ

冬の間、室内で愉しんだクリスマスローズも、そろそろおしまいだ。
切花にしても、しばらく愉しめそうだ。クローズアップも面白い。

愛用のスニーカー

三月からウォーキングを再開した。
夜、夕食が終わって9時ころから町内を一周するが、今日、明るいところでスニーカーを見たらひどく汚れているのに気がつく。この靴も愛着があり、まだまだ十分通用する。思い切ってバケツに投げ入れた。写真に撮ってみると、これがまたいい味を出している。今夜のイラストは、これで決まりだ。

♪きょうは!たのしい!ひ・な・ま・つ・り

ちらし寿司

もう春を通り越して初夏を思わせるような陽気となる。
いつもより一時間も早く娘と孫が来訪する。
そうか、今日は「ひなまつり」だった。

ちらし寿司つくり1

今日のお昼は「ちらし寿司」をバーバと孫が作ってくれるという。
どうやらジージの出番はなさそうだ。

ちらし寿司つくり2

お昼当番から開放されたジージは手持ち無沙汰であるが、今日は「女の子」のお祭りである。少し遠慮して横から眺めながらお手並みを拝見することにした。思えば、この間オギャーと生まれたばかりの孫がバーバと一緒に、ニコニコしながら、それも器用に「しゃもじ」を使っている。「ひなまつり」は女の子の成長を祝う日本の素晴らしい伝統行事の一つだが、まさに三歳になる孫が「料理」を楽しんでいる様子を見ては、子供の成長の速さに驚かされるばかりだ。

紅梅

先日、小諸高原美術館の庭で市の職員さんから頂いた剪定した「紅梅」の枝を玄関の間の壷に生けてある。なんと水上げしたらしく蕾も開花して「ひなまつり」に彩りを添えていた。

わら馬パレード

お昼はジージ「おいしいよ」と出された「ちらし寿司」を、頂く。
今日は本町の「ほんまち町屋館」で開催される「わら馬パレード」がある。
午後1時に市内をパレードするというので、みんなで見物に行くことにした。「お祭り」大好きな孫も大喜びでパレードを、づっと見物していた。

「わら馬パレード」とは、市内「御影新田地区」に古くから伝わる伝統行事で、毎年、冬の時季に行われていた。

今日は「小諸市高齢者クラブ連合会」と「ほんまち町屋館」がタイアップされて行われた。「わら馬」は、もともと二月八日の道祖神祭りに無病息災を願って作られてきたものだったが、平成二年、商店街の振興を目的にこの伝統行事が復活され、その際に三月第一土曜日に開催日が改められ今日に至っているという。

今日も、「わら馬」が台車に乗せられて市内をパレードした。色とりどりの風船を付けた「わら馬」を元気に引く子供たち。お天気にも恵まれて大勢の市民が見物に訪れていた。

いつもは閑散としている繁華街だが、この陽気に人出も多く、久しぶりに町に活気が戻ってきた。イベント一つで、これだけ賑やかになる。それにしても若い人を見かけなかった。子供と高齢者ばかりだったが。

弥生の三月がスタート

タンポポ

弥生の三月は朝から雲一つない快晴でスタートする。
8時起床。
炬燵で生活ホットモーニングを見ながらの朝食。ご飯と味噌汁に納豆があればいい。
今日からウォーキングを再開する。いつもは夜だが、小諸高原美術館まで車を走らせ、飯綱山公園を歩く。春の光だが冷たい風が頬をさす。

小諸高原美術館

歩きながら土手に咲く「タンポポ」を見つけた。春は黄色だ。
快晴の青い透き通るような空をバックにトンガリ屋根の小諸高原美術館が静かに姿を現す。美術館を囲むように周囲は公園になっている。植栽されている樹木は赤松と梅。例年より一ヶ月も早く咲き始めていた。市の職員が梅の枝を剪定していた。カミさんが職員と立ち話をしている。咲き出した梅の枝を抱えながら戻ってきた。「頂いたの」。

小諸高原美術館から眺める浅間山

風さえなければ、美術館の建物を描きたかったのでスケッチブックも持参していたが、描くのを諦めて写真を何枚か撮った。
自宅から車で10分ほどの郊外の高台にあり一帯を小諸市飯綱山公園と呼んでいる。ここからの浅間山連峰の眺めは最高だ。そして小諸市街地も一望できる。

小諸市街地と簡単な昼食

カミさんも腰痛をかばっているだけではいけないので、少しづつ歩きたいと言う。15分ほど、公園を散策しただけだったが体が暖かくなってきた。とにかく空気が気持ちよい。芝生は、まだ冬色だが、これから日増しに若草色も見えてくることだろう。「野鳥の森」の散策路も整備中で三月中旬にオープンすると言う。「バードウォッチング」も待たれる。

寛ぎの指定席

帰宅したら、もう昼飯の時間になっていた。
軽く済ませる。
さて、午後も、たっぷりと時間はある。
そうだ久しぶりに「田舎パン」でも焼くか。
エンジンが、かかるとセッティングの動作も速い。
モーツァルトのCDを流しながら、「生地」を「こねて」いた。
カミさんもつられて体を動かしている。
どうやらジーンズの布遊びを始めた。
アッ私がリクエストしておいた「ダストボックス」だ。
イタリア土産で買ってきたアンティークなダストボックスだったが、長年愛用しているうちに傷んできていたのでジーンズでリメイクを注文しておいた。
やっと作る気になってくれたようだ。

私の田舎パンは「レーズンと胡桃」を生地に入れる。堀井和子さんのレシピだが、何回焼いても発酵に問題を残す。一次発酵、ベンチタイムと手順は順調にすすみ、いつもの指定席で一服となる。

ベンチタイムでコーヒータイム

今朝の新聞に「BRUTUS」の雑誌が全面広告で載っていた。
「決定版!おいしいコーヒーの教科書」のコピーに誘われて買ってきた雑誌を読み始める。軽井沢の「MARUYAMA COFFEE」が紹介されていた。オッ今度飲みに行かなければ。トップパリスタがいる店として「CAFFERA 大丸神戸店」の「エスプレッソ」がテラスの写真と一緒に載っていた。雑誌丸々一冊がコーヒーの特集。これは読み堪えがあるぞ。

レーズンと胡桃入り田舎パン

パン焼きも、発酵に時間が、かかり焼きあがったのは夕飯の頃ろとなってしまう。そろそろキッチンを明け渡すころなので、なんとか間に合う。

カミさんも出来ましたよとジーンズでリメイクされたダストボックスを見せてくれる。「パンクするほど物を捨てないでくだいさよ」「今日は糊が乾かないから使わないでね」。オッなかなかだね。サンキュー。

ダストボックス

夕食は8時を回っていた。
「菊太郎」も今夜が最終回か、NHKの時代劇だが面白い番組はすぐに終わってしまうね。好物の「かぶ」の味噌汁に「ぎょうざ」と「レンコンといとこんにゃくの炒め物」ご飯が美味しいこと。

今夜から歩くか。9時過ぎに町内を一周する。所用時間はカミさんの足で15分はかかる。これから日課として定着してくれればいいのだが。

夜道も気持ちは春。
明日は、もっと春らしい陽気になるという。
今夜のニュースも「暖冬異変」を報じていた。