じわじわと老化現象進む

 

鼻は嗅覚ゼロ、眼は老眼で度が進む、耳は極度に聴き取りにくくなってきた。

鼻の治療はあるが、その発症時期に治療しないと手遅れと医者から云われ諦めた。

難聴は補聴器で解決できるが、まだ、そこまではしたくない。

人様の顔や口元を見ながらなら、ちゃんと聴き取れるが、それ以外の会話には支障をきたしている。

区の会議でコミュニケーションが、とれないことがある。

聴き直す機会も多くなってきた。夫婦の会話も大きくなり、テレビの音も大きい。

眼は白内障の兆候は、この年代なら当たり前とのことだが、まだ手術までは至っていない。

昨年、運転免許の更新で視力検査をしたが、眼鏡をしないでパスした。

だが、パソコンに向かったり、読書や新聞を読む時は老眼鏡は必須だ。

今日も視力検査の結果レンズの度数が、またプラスとなる。

いつものメガネ屋へ車を走らせる。

 

台風が去った九月の一日目は、また夏が戻ったかなような暑い一日となる。

明日は年に一度の健診日だ。

内科的に血液検査で、主治医が診てくれる。

歳だから、歳相応と思えば、それまでだが、老いの症状は、確実に、進んでいるな。

このところ市の拡声器による「お知らせ」で、お年寄りの行方不明が多い。

それも毎日のようにある。

・・・・・・・・・・・・・・・。ここらで書くのやめておこう。

 

馴染みの喫茶店

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ivyの住む街は「坂の街」として昔から坂のある城下町としても親しまれている。

中でもivyの区内にある、「浄斎坂」(じょうさいざか)も、その一つである。

昔は国道18号線だったが、郊外にバイパス道路ができてから市道になった通りから、なだらかな石畳を下ると「大手門」に出る。

この坂が「浄斎坂」だ。

「大手門」は国の重要無形文化財」に指定されており一帯は「大手門公園」で道一本鋏んで「停車場ガーデン」へと続く。

 

「浄斎坂」は、かなり急な坂で下るのは楽だが、上ってくる時のために「手摺り」も備わっている。

下ったところが「大手門公園」で区では月に一度ボランティアで清掃活動もしている。

懐古園へ行くにも、この「浄斎坂」を下る。

「小諸駅」へも通じている。

時々、寄り道をして「大手門公園」の近くにある「喫茶店」へ立ち寄る。

 

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繁華街から入る時は「お菓子屋さん」だが横道から入ると「喫茶店」当世風のcafeとは趣きが違う。

「喫茶店」だ。カウンター席は四、五人が座れる。テーブル席は三つ。

ほとんど常連さんだが、駅に近いので観光客も。

店主は二代目で、入って行くとニコニコしながら豆を挽き、今日もアイスコーヒーが出てくる。

今日は「アイスクリーム」を作りましたと「おまけ」が出される。

元は「お菓子屋さん」だったと思うが今の店主になってから奥に「喫茶店」を開いた。

オーディオにも凝っていて、古いスピーカーからアナログ的な優しいBGMが流れている。

こちらの店主はivyよりも若く50代かな。

区の役員でもあり、今日は、お願いがあって出向いた。

区の皆さんが一息入れに来る場所でもある。

手前の小さな茶器は「シロップ」が入っていて、甘さも自在だ。

 

これからは温かい珈琲になるが、夏場は、ここの「アイスコーヒー」と決めている。

たまに、「葛餅」と「日本茶」をお願いすることもある。

流石、お菓子屋さんだ。

この店のお隣は「酒屋さん」で、こちらの店主も区の役員をしている。

「喫茶店」を後にして今度は「酒屋さん」へ。

昼間から飲めないが、夕方にでも行ってごらんなさい、もう「晩酌」が始まっていて、「どうだい付き合えよ」とくる。

ハイ「少し飲めるようになりました」。

 

雨の相生坂公園

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ここ数日、夕立が、それもゲリラ的で凄い降り方をします。

でも、二、三十分で止んでくれますから被害が出ることはない。

その雨に濡れた「相生坂公園」にカメラを片手に散策してきました。

我が家から歩いて二、三分のところにあります。

 

「相生坂公園」は市内のメインストリートでもある「相生町通り」に面して造園されました。

入り口から、ゆるやかなスロープを歩いて行くと新市庁舎と新図書館、新市民ホール、商工会議所、郵便局が、更には、来年の完成を目指して工事が進む総合病院が、一つの広大な敷地に集結することになります。

 

市では、「コンパクトシティー」構想として長い期間をかけて進められていました。

 

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駐車場は全て地下に整備されました。

地上は緑豊かな「森」になるように計画が進められています。

駐車場から出てくる車線沿いはロックガーデンのイメージで植栽されています。

 

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雨上がりの庭は綺麗です。

この公園の植栽の基本計画はプロの方ですが、植栽は市民のボランティアの手で行われました。

大きな樹木は、植木職人のプロの皆さんですが、植栽後の手入れは定期的にボランティアの皆さんが行っているそうです。

 

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薔薇が咲いていました。

透明な雨の滴に涼しさを感じた一瞬を撮りました。

 

 

向日葵に元気をもらって・・・・

 

夏といえば向日葵の花。

植物愛好家で、いろんな植物を育てているのか、とにかく夏の花切れというのに、「いろんな花が咲いているんですね」とお聞きしても「笑っているだけ」。

この向日葵も絵に描いてみたいのでと、云ったら、もう届けられた。

カミさんは水彩画でivyは絵手紙に。

いつもありがとうございます。

小諸の祇園祭

 

去る七月十日に行われた小諸の祇園祭について遅くなりましたが、書き残しておきたかったのでUPしました。

 

島崎藤村が小諸に滞在していた頃、明治32年頃だ。

今から117年の前のことだ。

島崎藤村は国語と英語の教師として妻である冬子夫人を伴い小諸樹塾に赴任してくる。

新婚時代をivyの家から一分もかからないところに新居をかまえ七年暮らした。

その間に小説「破壊」を書き、出版の為、小諸を去り上京する。

その間に書いた「千曲川のスケッチ」はivyの愛読書でもある。

この千曲川のスケッチに、当時の小諸「祇園祭」とことが詳細に写生して読むことができる。

 

「祭の前夜」、「十三日の祇園」、「後の祭」の三小節。

 

この中から一節を引用する。

「夜の九時過ぎに、馬場裏の提灯はまだ宵の口のように光った。組合の人達は仕立屋や質屋の前あたりに集まって涼みがてら祭の噂をした。この夜は星の姿を見ることが出来なかった。蛍は暗い流れの方から迷って来て、町中を飛んで、青い美しい光を放った」。

 

「馬場裏」とはivyの住む町名だが、今は、住居表示が変更されてしまい残念だ。

島崎藤村も新居を馬場裏にかまえたのだ。

その一本上の道を「本町」と呼び今も変更はされていない。昔は、この通りが「北国街道」でもあった。

 

それにしても本町の通りで夜、蛍が飛び交うなんて、そういえば「中沢川」が通りの裏手に流れている。

環境汚染も、それほどなかった時代だ。

その中沢川を子供たちが清掃して蛍が生息するように頑張っているとか聴いたことがある。

 

今日も健速神社の境内で神事があり、威勢よく石階段を駆け下りる神輿が街に繰り出していった。

 

暦は立秋を過ぎておりました

 

残暑お見舞い申し上げます。

なんと慌ただしい夏を過ごしていたのでしょうか。

長い間ブログもご無沙汰しておりました。

それも、やっと落ち着き一段落。

ふと暦を見ればお盆も済んでリオ・オリンピックも終盤を迎えていました。

 

そして、この猛暑、立秋とは暦の上でのことで、朝夕は涼しくなったといえ、昼間の暑さは堪えます。

これまで、夏に強いと自負して過ごしてきていたのに、この夏は、いつもの夏とは少し違っていました。

食欲もあり睡眠も、たっぷりとっているのに、眠くなってボケーッとする時があります。

熱中症の症状とは違うと思うのですが。

 

町内の夏祭りの行事も終り、家で過ごす時間が増えてきました。

やりたいことは、いくらでもありますが、マイルームで音楽を流して、ボケーッとしています。

やはり、体は歳、相応になってきているのです。

ここらで「息抜き」を愉しむことにします。

 

迎え盆

 

今年もお盆さんを迎える。

例年に比べ蒸し暑い陽気の午後、少し早目にお墓詣りに出掛ける。

ご先祖様を迎え、庭で提灯にローソクの火を灯す。

今から三十数年前のことだった。

町に老舗の「提灯屋」があった。

提灯職人を「かっちゃん」と呼んでいた。

実は、その「かっちゃん」は亡き親父の小学校の同級生だったが、我が家に訪れることはなかった。

「かっちゃん」とは親父が亡くなってからの親交となる。

出会いは、カミさんの絵の師匠が「かっちゃん」で、そう、この方は多趣味な方で本業の「提灯職人」として優れた技術を持っていたが、趣味の水彩画は個展も開くほど町では有名人の一人だった。

 

ivyもスケッチ旅行には運転手として、あちらこちらへ出向いたことを覚えている。

ご自分で描いた作品を売ることをしなかったことでも知られている。

 

描く題材は街の風景画で、好んで昭和の面影が残る建物を描いておられた。

 

いつも、外から「かっちゃん」の声が聞こえてくる。「・・・・・さん」と。

カミさんを呼んでいるのだ。二階の窓から「おあがりくださーい」と返事する。

 

ハンチングが「かっちゃん」のトレードマークでお似合いだ。

部屋にお通しすると、カミさんと絵の話題で話が弾む。

そして、いつも珈琲を一杯飲まれてお帰りになる。

 

ある日のこと、いつものように我が家に来られた時「かっちゃん」にお願いしたことがある。

「我が家の家紋をいれた提灯を作っていただけませんか」

 

「いいよ、作ってあげるよ」。

夏の祇園など祭の時も、そしてお盆さんにも、玄関前のポーチに吊るして。

 

良い物を作って残して逝ってくれた「かっちゃん」。

提灯を吊るすと懐かしい「かっちゃん」の顔が浮かんでくる。

似顔絵にしたら特徴のあるお顔だから描けると思う。

「写真」は、いくつも撮ってあるはずだ。

「アルバム」から探してみよう。

 

イタリアントマト頂き描いて食す

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家庭菜園家の友人が細長い品種のトマトを届けてくれた。

まず、スケッチして水彩で色塗りして礼状として投函してきた。

 

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肉厚なので生で食べるより炒めてお昼にパンに添えて食す。

 

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オリーブオイルで炒めてからオイスターソースを少量、加えて更に炒める。

食パンに添えて食すも、まさにイタリアン!!

お墓掃除

 

今朝は5時起きで錦織選手がジョコビッチ選手と対戦するロジャース・カップの決勝戦をテレビ観戦した。

惜しくも、ストレート負けしてしまったが、錦織選手のコメントは「ベスト尽くした、次戦はリオ・オリンピックだ」。

その通りだ、オリンピックで金を。

暦は八月葉月に入った。一日は慣例でもある「墓掃除」の日でもあり、朝飯を早目に済ませ涼しいうちに墓掃除を兼ねて墓参りしてきた。墓守りをするようになって、一度も欠かしたことのない大切な行事だ。

お墓で住職と出会う。「境内の池に蓮の花が咲いていますよ」と告げられ、見せていただいてきた。

池の他にも、いくつもの大きな鉢でも育てておられる。カメラにも納めてきた。

今年もお盆の季節を迎えた。七日の日曜日には寺で盆会施餓鬼法要もある。卒塔婆もお願いした。

じっとしていても汗ばむ陽気は、やはり八月の今頃を指すのか。

日中は水分補給しながら過ごしているが、朝夕の涼しさに助かっている。

流石に信州の夏は過ごしやすい。

このところブログを毎日、更新できない日が続いている。

書く題材も写真もあるのに、なんとなく時間がとれないまま過ぎていく。

原因は、昔のように夜遅くに書くことが、できなくなってきている。

夜更かしは体によくない。ならば昼間に書けば、?????

区の夏の行事が、まだ一つ残っている。これが終われば九月。今度は敬老会か。

人様の役にたっていれば、それでいい。

ブルーベリー狩りを愉しむ

 

七月中旬のある日の早朝、市内の郊外でブルーベリー狩りを愉しんできました。

ivyが通った小学校のすぐ近くにブルーベリー畑があります。

ここ、二、三年は、この畑でと決めています。

早朝と云っても朝六時ですから、ivyにしては相当の早起きです。

一粒づつ丁寧にもぎとり「びく」に入れていきます。

根気が、いるんです。この仕事。でも「根気」だけは、今でも誰にも負けませんよ。

と、いうことで終わって計量していただいたら6kも。

 

どう食すか。決まっています。

「生食」はしません。皆、冷凍保存してしまいます。

一番美味しい食べ方は「カスピカイ・ヨーグルト」に添えて、更に蜂蜜を一さじ加えて。

 

 

昼飯の後のデザートに。

この程度ですから、これで一年は食べられるでしょう。

眼にもいいそうですし、消化も助けてくれる。健康食品です。