千曲川のスケッチ〜を母校の小学校で朗読しています!!

 

小諸を代表する文化人といえば明治時代の文豪「島崎藤村」ではないでしょうか。

その代表作は沢山ありますが、中でも多くの方に親しまれているといえばエッセイ「千曲川のスケッチ」です。

その千曲川を一望できる場所は小諸城址公園・懐古園の見晴台だと思います。

の写真は11月上旬の懐古園の紅葉が見ごろを迎えた時に撮影しましたが、小諸一帯を流れる千曲川は近くにダムがあり、水量が調整されるので、割と穏やかな流れになっています。

 

子供の頃は夏は水泳をしたり鮎釣りをしたりして遊んだものです。そして、冬はダム湖が結氷して下駄スケートもしましたよ。

今の時代に育った子供達は、そんな遊びを知りませんね。とにかく町で子供の姿を見るのは登下校の時位いなものです。

 

その子供達に昨年から月に一度、教室に出向き朗読ボランティアの一人としてivyの後輩に当たる小学生の諸君に20分の持ち時間で朗読をさせていただいております。

 

朗読ボランティアをするようになったのは、学校から自治会に回覧版が配布され、それを読んでいて、私にもできそうかなと軽い気持ちで校長先生他のみなさんと面談する機会がありました。

 

私達が小学校に通った時代は今から60数年前のこと、一クラス50人前後で四クラスもありましたが、今は一クラス20人前後で二クラスしかありません。ここにも少子化の影響がみられました。

 

朗読を始めた頃から「読み聞かせ」のスタイルも、朗読でした。お子さん達に絵本を見せながら、お話をするのではなく、ただ、聴いていただく。このスタイルは一年経っても変わっていません。

 

私も恥ずかしながら、学生時代の時も島崎藤村の小説などは読んでいませんでした。もっぱら松本清張などの推理小説を読みあさっていました。

 

転機を迎えたのは、会社を定年退職して、毎日が日曜日族になった時でした。

島崎藤村と一年お祭りをしましょうと「ガラ藤村」というイベントへのボランティア参加の要請でした。

「島崎藤村」と聴いた途端、私は一つ返事で承諾したのです。

準備からイベントが終わるまで丸一年予、サラリーマン時代には経験したことがなかった出来事が、次から次へと発生してきたのです。終わってみれば、楽しかった、辛かった、でも満足した一年間だった。

収穫は、サラリーマン時代と縁を切り、また新しい交友関係が生まれていた。

 

あの時、隠れて読んでいたのが、「千曲川のスケッチ」だった。

藤村は明治の時代に小諸義塾の国語と英語の教師として冬子夫人を伴い赴任してくる。

新居を構えたのが「馬場裏」だった。

それから七年間、小諸で暮らし、小説「破壊」の原稿を書き上げ、出版の為に上京することになり小諸を去る。

「千曲川のスケッチ」は、この小諸滞在中の藤村の眼に映った出来事を紙とペンでスケッチしたのだ。

 

今、子供達に、「千曲川のスケッチ」を朗読している。

沢山の章節に分かれているので20分で話し終え、しかも子供達にも理解してもらえそうな章を選んで、今のところ「学生の家」を朗読している。

 

今月も八日の金曜日に朗読が予定されている。

朝、八時二十分から。

 

ブログなのに、こんなに書いてしまいすみません。私の悪い癖です。

 

追記:今夜、ブログをUPした後、フッと思うことがありました。

古い記事ですが、島崎藤村著「千曲川のスケッチ」を朗読し、ブログにUPしていました。私のブログ内で「朗読」をサイト内、検索しましたら、結構、書いていました。中には私の朗読を聴くこともできました。もう忘れていました。

よろしかったら飛んで聴いてみてください。

子供達向けの話し方とは違っていました。

 

http://blog.life.under.jp/?search=%CF%AF%C6%C9

 

ラジオ深夜便を録る読む聴く〜朗読シリーズ

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NHKの「ラジオ深夜便」を長く愛聴しています。

その番組情報誌の7月号にアンカー朗読シリーズが紹介されていました。

7月25日から7月28日までの四日間、今年生誕150年を迎えた文豪・夏目漱石の作品の数々が放送されました。

 

その番組の聴き方ですが、当然、深夜に放送されますので、まず録音しておきます。

録音することもない番組は生で聴き、しらないうちに眠りについていますが。

 

録音はFM波でICレコーダーです。

番組を丸録していますので、ICレコーダーに付属するソフトで編集して、朗読のみ一つのファイルとして保存します。

次にパソコンでiTunesのソフトを使って朗読ファイルをライブラリーに追加し、アートワーク(ジャケット)を作成します。

この作業が楽しいんですよ。

庭の植物の画像を加工して昔のレコードジャケットのように正方形にトリミングしてテキストを添えます。

パソコンのiTunesに保存されたファイルはiPhoneのミュージックと同期されますので、録音された朗読ファイルはiPhoneで聴くことが可能になります。(上の写真のよに)

 

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さて、七月に放送された「アンカー朗読シリーズ」は前にも書いていますが、文豪 夏目漱石の有名な小説や短編で、「ぼっちゃん」、「吾輩は猫である」、「虞美人草」、「それから」、「手紙」などでしたが、驚いたことに私は、これまでに一冊も読んでいませんでした。流石に小諸の文化遺産でもある島崎藤村の本は、何冊もありました。

 

今夜のブログで「朗読」を取り上げたのは、私が島崎藤村に、まつわるボランティアに参加したのが縁で、密かに作品の一つでもある「千曲川のスケッチ」を朗読して録音ファイルを残していたからです。

こんな背景もあったせいか、昨年から母校の小学校で「読み聞かせボランティア」に参加して一年が過ぎ、今年から子供さん向けに「千曲川のスケッチ」の朗読が始まったばかりでした。

 

文庫本専用の書架があるのですが、今夜、あらためて探してみましたが夏目漱石の本は一冊もありませんでした。

漱石は俳句も詠んでいましたから、そちらの本は文庫本で読んでいましたが。

 

朗読を聴く上では漱石の小説を読みながら聴きたい。

その思いを実現したのは「電子書籍」でした。

しかも著作権が切れた古典は安価に購入することができます。

いろんなサイトがありますが、ネット検索していたら、漱石の有名な小説も含め、なんと99作品が100円もしないで読めることを確認しました。

 

私は読むなら紙媒体が基本と考えていましたが、今回のような動機で本を読むなら「電子書籍」が一番と思いました。

(上の写真はタブレットで電子書籍の私の書架になります)

 

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電子書籍はパソコンでもスマートフォンでもタブレットでも読むことができます。

私のように視力が落ちてきている場合でも電子書籍の活字は大きくしたり小さくしたり自由自在です。

アナログの良いところデジタルの良いところを有効に活用してこの際だから、夏目漱石の美しい文体を、少しでも味わってみようと思うようになりました。

(上の写真はパソコンで電子書籍の小説などが表示されたとき)

 

とりとめのないことを、ただ、思いつくまま綴ったので、何を書きたいのか、まとまりのない文になりました。

 

ラジオ深夜便・聴いて録ってスマホに保存

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NHKのラジオ番組「ラジオ深夜便」を友に毎夜ベッドでイヤホンで聴いている。

いつのまにか眠ってしまい最後までは聴いていないが。

でも大丈夫。ちゃんと録音しておいてくれれるので。

毎夜と書いたが、アンカーと呼ばれる、司会者によって録音したり、しなかったりと。

番組の情報誌が月刊で発売されているので定期購読している。

だから録音せず聴き流すことの方が多い。

八月は四日連続で「アンカー朗読シリーズ」と題して特集番組が組まれている。

そのPR番組が先日、放送された。

阿刀田高 作 「置き去り」朗読は明石 勇アンカー。

阿刀田さんの本は何冊もあったが、全て処分してしまって手元には一冊もない。

ネットで「置き去り」と検索しても、ヒットしない。

放送を聴いてから、わかったことだが本のタイトルは「メトロポリタン」で、そこに収録されていた一編が「置き去り」とわかる。

 

「阿刀田 高、メトロポリタン」で検索すると直ぐにヒットした。だが、単行本として出版されたのは平成11年で、ネットでは売られていなかった。そうだ古本屋のBook・Offで検索したら文庫本がヒットするではないか。その文庫本が今朝、届いた。

新品だと514円+税だが、古本だと108円。そこに送料はかかったが。手に取ると新品のように綺麗なのに驚く。

 

朗読は聴いて愉しむのに、何故、活字媒体の本が欲しくなったのにはわけがある。

 

ivyが朗読したくなったのだ。それには原稿が必要だ。

活字媒体の本は手に入った。

まずは明石 勇アンカーの渋い朗読を本を読みながら繰り返し聴くことから始めた。

 

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放送された「置き去り」の朗読をICレコーダーで録音するとmp3という高音質の拡張子で保存される。

昔、ラジオ番組を録音した時はカセットテープだった。時代は全てデジタル化された。

 

ICレコーダーに保存された朗読のファイルをパソコンに取り込み、iTunesというアプリでiphoneに転送する。

朗読ファイルにアートワークというジャケットを手作りし貼り付けると、上の写真のようになる。

一人で再生する時はイヤホンで聴くが、複数で同時に聴く時は、やはりスピーカーでないと。

 

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昔は有線でオーディオコンポでカセットテープを再生して聴いていたが、今のご時世では、こんな小さなスピーカーで聴くことができる。

 

いわゆる、家庭内がWi-Fi化されていれば、有線ではなく無線で聴けてしまう。

これがBLuetooth(ブルートゥース)という仕掛けだ。

iphoneから朗読が無線でスピーカーに送られ再生されることになるので、家中、何処でもコードレスで聴けることになり、便利な時代になる。

 

ところで、阿刀田さんの短編小説なのだがタイトルの「置き去り」は、朗読を聴いていくうちにアッ!!そういうことかと納得する。

物語の主人公は60代の妻と10歳年上の夫との家庭生活の中で妻は夫から「置き去り」されたような場面に遭遇する。

朗読を聴いているうちに、この夫婦が「湯布院」に二泊三日の旅をするシーンがある。俺たちも行ったな湯布院へ。

なんか、可笑しくて、クスッと笑ってしまった。リタイアした男って、やることみんな同じだなってこと。

 

いよいよ今夜から四夜連続で男性アンカーが四人も朗読する。勿論、録音して聴くのが楽しみになってきた。

 

徒然草〜"死は前よりも来たらず"の意味



徒然草〜"死は前よりも来たらず"の意味が、やっと理解できる。
今日、「団塊スタイル」の再放送を観る。
【徒然草の第百五十五段・無常迅速ということ----世に従はむ人】にあった。

原文は難しいので訳文で確認した。

以下に引用する。
「・・・・・人間の死期は順序を待たずに、突如やってくる。死は、予測できるように前から来るとは限らない。予測できないように、いつの間にか背後に追っているのだ。誰れもが自分がいつかは死ぬと知っていながら、その覚悟がしっかりできていないうちに、不意に死はやってくる・・・・・・・・・・・。続く・・・

司会者が五木さんは何歳まで生きたいですかの質問に五木さんが答えた言葉の意味。
しかと理解できた。しかし、もっと若い頃から古典に親しんでいたらなと後悔するも、ちと遅すぎるかな。
今回もネットの凄さを感じた。
電子書籍は、こんな使い方で愉しめるなんて。徒然草の全段を朗読しているサイトも、あることを知った。
音楽も文学もクラシックは著作権がフリーとなり、研究者や一般の人達がネットで情報公開している。
まだまだ、やりたいことだらけで、一つとして奥に進めないが、好奇心だけは旺盛で困ったガキだ。



"死は前よりも来たらず"を、やっと探し出したのでメモしようと思ったが、まてよ、ここは原稿用紙に万年筆で書き残そう。
こういうところはivyの遊び心で、それも下手な文字で恥ずかしいが、記念のつもり。誰に見せるわけでもなく、お笑いものだよ。


追記: 写真はパァヒオヘデラムです。撮影はカミさんがスマートフォンで撮ったものです。
毎日、撮っては見せてくれます。逆光での撮影も操作を伝授したらご覧のように撮れるようになりました。
カメラとして割り切って使っているようです。
 

今年も描くでござる〜ivyおじさん、本年の目標

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あけましておめでとうございます。
こうしてブログを更新続けることに感謝し、本年も、どうぞよろしくお願いします。
元旦に、今年の目標を定めました。
欲張りですがデジタルとアナログを共に楽しみつつ、元気に過ごせる年にしたいと思います。

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日本人として日本古来から営々と引き継がれてきた風習を大切にしていきたいと思います。
それも文明の利器をせいぜい使いながら、今風にできたら最高です。

具体的にはブログは私の日記ですが、マイブックはたとえ一行でも万年筆で書き残すこと。
俳句は浮かんだらマイブックに書き止めること。
何事も「旬」を日時用生活を通して写し撮ること。
下手でもいいから絵を描き毛筆で文字も書くこと。
島崎藤村著「千曲川のスケッチ」の朗読を再開すること。
勿論、昼飯当番は続けること。

そして何よりも大切なことは「歩く」こと。

元旦は小春日和のような快晴の青空が広がり風もなく暖かく穏やかな一日となる。
本年の賀状に「賀正 穏やかな年になりますように」と記したが、気象だけは当たったかな。

追記: 干支の猿は玩具の写真をスケッチし色を塗りました。
今夜NHK-Eテレでお正月恒例の「ウイーンフィル・ニューイヤー・コンサートがPM7時から生中継があります。
二時間半ほどですが、これからテレビ指定席へ。
FM放送でも中継されますので、こちらもICレコーダーに録音します。
聴きました・観ました・録りました
指揮は今回で三回目の登場となるマリス・ヤンソンスです。
テレビは黄金のホールにバラなどの生花が、いつものとおり豪華に飾られ、音声は5.1チャンネルですから最高です。
FM放送はラジオ深夜便でお馴染みの奥田佳道さんによる、とても分かりやすい解説でウインナー・ワルツに理解を深めました。
テレビの録画はDVDにダビングして永久保存、FM放送はパソコン経由でスマホでも聴けるようにしました。
早速、あの小さなスピーカーで試聴してみましたが、今回、指揮されたマリス・ヤンソンスさんのウインナー・ワルツは音がソフトでBGMとしても軽く聴けてしまいそうです。
 

朗読「千曲川のスケッチ」学生の家2

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「千曲川のスケッチ」にも出てくるが、藤村先生が小諸に滞在していた明治時代の懐古園の桜の見ごろは例年、四月二十五日ころだった。それが地球温暖化の影響で年々、速まってきているが、今年は満開となっていた。
この天守台の石垣も、桜の樹も、そのまま今に至っているのか。

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この桜が「小諸八重紅枝垂桜」だ。
ここ、馬場一帯に桜の樹が植えられており、先週末には「花見の宴」が、あちこちで開かれていたようだ。

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天守台跡の石垣が見える。
今日は花曇りで撮影には絶好のチャンスだった。
それでは「千曲川のスケッチ・学生の家2」をお聴きください。
少しイントネーションが弱く、トーンも低くなってしまっていますが。

 

日本ペンクラブ主催「島崎藤村の小諸」のイベントに参加して

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昨日、小諸市文化センターで開催された、日本ペンクラブ創立80周年特別企画【ふるさとと文学】"島崎藤村と小諸"のイベットを超満員の観客と共に盛沢山のプログラムを三時間余り楽しんできました。
  ここからはテストです。 正常に表示されているか???? ivyが島崎藤村著「千曲川のスケッチ」序1を朗読しているのですが。



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どうやら正常に表示されたようですね。
実は今から五年前にライフワークとして始めた「千曲川のスケッチ」を全編、朗読してみようと取り組みましたが、途中で挫折してしまい、これをなんとか再開しようと思っていたところでした。
それが今回の日本ペンクラブのイベントで、郷土の文化遺産ともいえる藤村先生の文章に魅せられ、また、やる気が出てきました。
朗読するには録音機が必要ですが、いつもラジオ深夜便の番組を録音している機器で可能です。

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わが故郷の川「千曲川」に沿って藤村先生のスケッチの描写は、美しい言葉を声を出して読んでいくと、昔の身近な土地の名前や、小諸の風土が蘇ります。

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拙い朗読ですが、お聴きください。
朗読のUPは続きます。

尚、お使いのヴラウザで朗読ファイル(mp3)を再生するには、FlashPlayer6以上に対応したプラグインがインストールされていないと再生プレーヤーが表示されません。
まだ、ご自分のパソコンに、インストールされていない場合は、FlashPlayer6以上を下記のURLからインストールしてください。

https://get2.adobe.com/jp/flashplayer/

朗読「千曲川のスケッチ」序2

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島崎藤村先生の「千曲川のスケッチ」を朗読したくなり、以前、別のサイトにブログで公開していましたが、いろいろあって削除してしまいました。あれから何年経つでしょうか。
今、書いているブログの古い記事が残っていました。

http://blog.life.under.jp/?eid=741404

結局、最後までは朗読が完了せず、気にはなっていました。
今回、日本ペンクラブの80周年特別企画≪ふるさとと文学≫"島崎藤村と小諸"のイベントがあり、参加して、またまた刺激を受けて、朗読を再開しようと心に決めました。これも自分史のつもりです。
今の75歳の声で録音しておこうと、そう思うようになりました。

島崎藤村著「千曲川のスケッチ・序2」をUPします。聴いてください。
ただ、以前、録音したmp3ファイルが残っているものは、そのまま使いました。
75歳の声での録音は、もう少し先になります。

 

朗読「千曲川のスケッチ」学生の家1

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懐古園の見晴台から遠望すると清流「千曲川」が見える。
千曲川を挟んで左の方角が御牧ケ原や鴇窪方面へと通じる。
「千曲川のスケッチ」学生の家の章に登場してくるところとなる。
朗読は一気に、とちることなく録音が一回で終了するまで何回でも同じ章を朗読する、大変な労力を必要とする。
ノートに書いた文字を、間違って書いてしまったので、消しゴムで消して書き直すのとは違う。
何事も辛抱と忍耐が必要となる録音作業だ。
それでは「学生の家」分割してありますが聴いてください。


 

千曲川のスケッチを読んで・・・

小諸時代の藤村像

小山周次(明治18-昭和42)は、小諸義塾に学びました。義塾で図画の教師だった、丸山晩霞に師事して、絵画の道を志して、後年日本を代表する水彩画家の一人となりました。藤村の住まいや、義塾建物等多くの作品が残っていますが、この、藤村の絵も彼が描いています。藤村は、とてもお髭がお似合いの紳士だったようですね。

さて、この絵ですが、小諸市教育委員会が小諸の小学校や中学校の生徒の副読本として平成10年に発刊された冊子の表紙を飾ったものです。勿論、絵は小山周次によるものです。

冊子の内容は散文編と詩編に分かれていて、「千曲川のスケッチ」からIVYが朗読した少年の群、麦畠、学生の家、古城の初夏も収められております。

表紙を開くと残雪の浅間山を背景に千曲川の清流がダイナミックに撮られているカラー写真が目に止りました。この風景は、小諸市内からは撮れないでしょう。前掛山も、小諸から見る姿とは違います。IVYも、このアングルで撮ってみようと思います。

「千曲川のスケッチ」をページ数にして35ページを今夜、読み終えたところです。いよいよ町のシーンが登場してきます。そして季節も初夏から盛夏へ。小諸伝統の「祇園祭」も藤村には、どのように写ったのでしょうか。なんと「祭の前夜」から始まり「十三日の祇園」、と続き「後の祭」とご丁寧に「落ち」までつくほど詳細に祭りをスケッチしています。これからの展開が愉しみです。

朗読ブログ「IVYおじさんのpodcast」に古城の初夏をUPしました。

今夜もラジオ深夜便はクリスマス一色

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ラジオ深夜便は夜の11時30分から始まるがivyはFM放送で聴いているので午前0時からとなる。
朝の5時まで放送しているが、音楽番組は二つある。
深夜の2時台の「ロマンチックコンサート」と3時台の「にっぽんの歌・こころの歌」。
22日のアンカーは明石勇アナウンサーだ。
「ロマンチックコンサート」ではエンジョイ・ジャズと題してクリスマス・ジャズを特集した。
明石さんはジャズにお詳しいのか、とてもお話がお上手で、奏者の歌い手のエピソードなども聴いていて楽しい。
ところが、いつのまにか眠りについている。当然である。
折角の放送を途中から眠ってしまっていては大変だ。
考えたのが小さなICレコーダーだ。
深夜なので、当然ながら深夜便はイヤホンで聴いている。
聴きながら、放送を朝5時まで録音しておいてくれる優れ物。
でも、今晩だけは最後まで聴き入ってしまった。いやジャズだけだけど。
翌日、ICレコーダーをパソコンに接続して専用のソフトに転送して、番組のコーナー毎に、ファイルを分割する。
パソコンに保存してしまえば、番組がオーディオ装置のスピーカーで昼間、堂々と大きな音で聴くことができる。
昼間、FM放送で、いくらでも流れているが、ラジオ深夜便で選曲される音楽は、やはり我々世代向き。
今、年末特番で、落語や朗読も放送されている。
雑誌となった「ラジオ深夜便」で番組情報をチェックしながら、この年末年始もラジオで過ごす冬時間となりそうだ。
 

クリスマスソングを聴きながらブログを書いています



アメリカの女性シンガー"モーリン・マクガヴァン"が1990年に録音した初のクリスマス・アルバム。
「クリスマスWithモーリーン・マクガヴァン」
ジャケットが年代を感じさせるデザインでivyのお気に入りのクリスマスCDだ。
1990年の録音ということは、ivyが50代に買い求めたCDということになる。
あの頃、まだ街にレコード屋さんが健在だった。レコード盤も売っていたが、時代は高音質のCDが主流になり始めた頃だ。
CDだから音は劣化していない。当然のことだが。
昔と違うのはCDの聴き方だ。
いちいちCDをプレーヤーにセットして再生はしていない。
PCのiTunesに取り込みpcからBluetooth経由でオーディオ装置に飛ばし、そのスピーカーで聴いている。
だから、今夜もジャケットの写真を撮らなければいけないので、久しぶりにCDラックから取り出した。
操作は全てPCでできてしまうので、とても快適だ。
ivyの所有するCDは全て、PCに取り込み、外付けのハードディスクに保存されている。
話をクリスマスソングに戻そう。
今、このCDを聴きながら、こんな時間にブログを書いている。
もちろん、自室だから、ある程度のボリュームで聴いている。
六畳一間の広さだから小さなオイルヒーターでも室温は20度前後。
外は雪は降っていない。今日は昼間も青空が見えて比較的、暖かだった。
お馴染みの曲ばかりだか、彼女の歌声は人を包み込んでしまうようなソフトに聴こえてくる。
日が変わって22日の午前1時からラジオ深夜便」で朗読が始まる。
これは、寝床に入って、じっくりとイヤホンで耳を傾けることにする。
いや、録音もしているので、もしかして眠ってしまうだろう。

ラジオ深夜便で朗読が始まるよ



12/22〜12/27までの四日間だが、ラジオ深夜便の枠の中でアンカーが心温まる朗読をクリスマスプレゼントするよ。
ivyの好きなアンカーは宮川アナウンサーと須磨アナウンサーだ。
午前1時台なので、起きていられそう。
最近、聴いていて、いいことと、そうでないことが二つあった。
一つは「母を語る」で画家の原田泰治さんが継母のことを話されたが、両親をトウチャン、カアチャンと呼んでいたが、
そのイントネーションが、まことに飾らない人柄を感じさせてくれた。もちろん、母への想いも、素敵だった。
ivyも、ブログで親父は何度も登場しているが、お袋のことを書いたことは一度もない。
何故か、書いて残しておかなければいけないなと思うようになる。いずれ機会をみて。

もう一つは男性アナウンサーがアンカーの日だったが、深夜便の特色は「ゆっくりと言葉をしゃべる」ではなかったか。
年配者が圧倒的なリスナーだから、「ゆっくりしゃべってもらうと」聴きやすい。だが「速くしゃべるので」違和感を持つ。

朗読の話で、アッいけない忙しい忙しいを理由に、読む暇がないのは事実だが、ラジオ深夜便を聴くのを中断して、
先日、買い求めた「老人力」を読まなければ。そうだ、朗読してみようかな。
 

祇園祭の夜

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小諸の伝統行事である祇園祭の頃になると、島崎藤村を思い出す。
IVYのライフワークにしている小諸の文化遺産でもある明治の文豪「島崎藤村」の「千曲川のスケッチ」の朗読。実はボッドキャストにしてブログにもUPしているが、なかなか次の章の朗読にならないで困っている。

「千曲川のスケッチ」を開くと目次に"祭の前夜""十三日の祇園""後の祭"の三章に分かれて小諸の祇園祭の様子をスケッチしている。

IVYが住む近くに健速神社があって、この社に祀られている神輿が年に一度、七月十三日に町内を担がれた暴れ神輿で勇壮な祭りであったらしい。

現代では本神輿と呼んで、七月の日曜日(今年は7/10)に行われる。
これとは別に小諸市民祭りとして町内の神輿や企業の神輿などが、町の繁華街に繰り出して来て神輿パレードがある。

つまり小諸の祇園祭は二本立てと云える。
小諸市民祭りの神輿パレードが行われる日は繁華街の両脇に露天商が並ぶ。
ivy家のすぐ側の道も本町から相生町に下る狭い道路が露天商で埋め尽くされる。

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朝から夜遅くまで電源用のエンジン音が、暑さに拍車をかけるように騒音として耳に飛び込み、祭りを愉しむ人々とは裏腹にここに住む人にしてみると複雑な心境になる。が、年に一度のことと、我儘なことは云うまい。

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蒸し暑い夕方だなと思っていたら夕立もあった。神輿に雨はつきもの。
IVY家の前にも馴染の焼き鳥屋が店を開いていた。

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孫と露天商を「ひやかし」ながら雑踏の中に入っていった。
「金魚すくい」も愉しんで帰ってから孫と「線香花火」も。
この季節ならではの風情と情緒を堪能する。

シリーズ秋色みつけて〜藤村・古井戸公園の姫林檎

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IVYが住む通りを昔「馬場裏」と呼ばれていた。
今、その通りを観光客がマップを持って歩いている、名付けて「藤村の散歩道」と云う。
小諸ゆかりの文豪「島崎藤村」が小諸義塾へ国語と英語の教師として赴任してきたのが明治32年で藤村28歳のころ。それから馬場裏に新居を構え冬子婦人と六年間、新婚時代を過ごす。やがて小説「破壊」を自費出版する為に小諸を明治38年(藤村34歳)に去り上京する。(千曲文庫”小諸時代の藤村”より抜粋)

IVYは小諸で生まれ小諸で育ちながら学生時代は文学には縁がなく勿論、藤村の小説など一度も読んだことがなかった。それが定年退職した翌々年の正月から「ガラ藤村」と云うボランティア団体のディスクを任されることになり、60歳になって、藤村文学を猛烈に勉強した経緯がある。(ガラ藤村については、また別の機会に書いてみようと思っているが)

前置きが長くなりました。
我が家のすぐ近くに藤村が住んでいた屋敷跡があります。歩いて1分もかかりません。今、屋敷は佐久に移築されてしまいましたが「藤村の旧栖地」として観光客のスポットにもなっています。

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この石畳を歩いて行くと右側に碑もあります。その手前の角に冬子婦人も使ったと云われる古井戸があり、数年前に、ここが「藤村の古井戸小公園」として整備されました。ここに姫林檎の木が植えられているのです。

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写真左奥のまだ小さな木です。

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小公園とは名ばかりで(!!オッこれは失礼)、井戸とベンチがあるだけですが、今頃ろ可愛い姫林檎が紅く成り枝にぶら下がっています。今年は実の数が少ないように思いますが。

古井戸公園に何故「姫林檎」の木が植えられているか。
島崎藤村が小諸に赴任してくる前の明治30年に出た有名な詩集「若菜集」に収められている「初恋」。

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

公園化に伴い植栽が検討され、「初恋」の一節の中から「林檎」は大きく育ってしまうため、「姫林檎」
にしたとお聴きしております。

この「初恋」は読むと云うより声を出して「朗読」すると素敵な響きをもちます。日本語の美しさとでも申しましょうか10年前に、島崎藤村が小諸で過ごした六年間をオリジナル脚本で舞台化したのが「ガラ藤村」と云うボランティア団体でした。小諸市文化センターの大ホールを昼夜三日間、満席にした、そのお芝居「表白のとき」の舞台で冬子婦人を演じた青年座の松熊明子さんが「初恋」を朗読するシーンがありました。朗々と、堂々とした朗読は今でも忘れることはありません。

嬉しい話題を二つ

JUGEMテーマ:インターネット
パン
今夜、ブログのお仲間さんでもあるパリスさんから電話をいただく。
「昨日、IVYさんのブログを読んでCHOPIN BEST 50を聴きたくなり、記事に書かれていた音楽配信サイトのmoraに飛んで楽曲をインターネットでダウンロードしましたが、その時はショパンのピアノ曲を聴くことができたのですが、今日、再び、聴こうと思ってもプレーヤーが表示されません」。

トレイ
「エッ!! 記事に書いた通りに実行なさったのですか」。
「いつもIVYさんがURLを書いてくださるので、その通りにパソコンを操作しましたら、なんとなく聴けて嬉しくなったのに、駄目ねー、今日は、もう聴けないんですもの」。
土瓶
「わかりました。それでは、これからサポートさせていただきますので、パソコンに向かってください」。
携帯電話で二時間は、たっぷり、かかっただろうか。電話での長距離サポートは負担が大きい。
結果的にはmoraからダウンロードした楽曲は、moraの専用プレーヤーをダウンロードし、プログラムをパソコンにインストールしてショパンの曲を正常に再生することに成功する。

南瓜
「パリスさん、やったね、お疲れ様でした。良く頑張りましたね」。
電話から伝わってくるお声は「かすれ」ていた。
電話を切ってから考えてしまう。昨夜のIVYのブログ記事は、あれで良かったのかと。私よりもお歳の上に、サイトから楽曲をダウンロードしてまでもIVYと同じ音楽を共用したかったと云う、パリスさんのお気持ちに心がうたれた。ショパンの曲なら街のCDショップで、いくらでも求めることができるのに。
プルーンの収穫
パリスさんが云った「IVYさんからパソコンの愉しみ方を沢山教えていただきました。デジカメもそうですよ」。拙い日記を書くだけのブログiに、毎日のようにコメントをくださり、実はIVYの励みにもなっていたパリスさんのコメント。

「明日またパソコンを開いてショパンのピアノが聴けるか心配なの」。
「大丈夫ですよ、明日はプレーヤーのショートカットを作りましょうね」。お休みなさい。

電話を切ってからメールをチエックすると、ブログに「フランス人」さんからコメントが入っている知らせが。「フランス人」とは、変わったニックネームだなと思いながらブログを開いてビックリ仰天だ。

podcastsにまで言及していたので、リンクしている島崎藤村の「千曲川のスケッチ」のIVYの朗読も聴いておられるよう。NHKのドラマ「火の魚」に寄せられたコメントだったが、文面から、ブログを相当読んでくださっていることを直観する。まさにブログは世界に繋がっていた。

パリスさんと云い、フランス人さんと云い、IVYのブログに共感してくださるお気持ちを素直に受け止めて、これからも、ブログを書き続けていく気持ちを新たに一日となる。

PS

今夜は予定を変更して書きましたので、画像は記事にマッチしていませんが、懐かしいイラストをUPしましたご笑覧のほど。

暦は二月へ・・・・

今日は曇り空、日替わりのお天気が続きます。




ブログにスライドショーを貼り付けるときに使わせていただいていた1000leavesさんのブログに、久しぶりに訪問しましたら、面白いコンテンツを発見し、即、貼らせていただきました。

これって、SONYのCMですが、素晴らしい。Sony Cam with me こんなコンテンツがアマチュアでも作ることができたら、どんなに楽しいことか。DVDでスライドショーを作ってきた。IVYの薔薇、男のイタリアン、越後・北陸の旅、クルーズ旅など、そして五歳になる孫のスライドショーも作った。

今、島崎藤村の「千曲川のスケッチ」を朗読してUPしているが、これをDVD化しようと昨夜から奮闘している。その映像コンテンツにふさわしい画像を、IVYが、これまでに撮り溜めた中から集めている最中だ。

SONYのコンテンツを再生してみて、ふと、ひらめいたことがある。

マウスを筆にんえて

今日も日曜日とあって孫が遊びに来ていたが、毎週のように見ているが来るたびに成長している。そうだ、次の目標は動画だ。ついにIVYも動画に手を出すのか。いやいや、静止画でも作れそうだ。

オギャーと生まれてから撮り溜めた孫。その成長をSONYのCMに重ねた。孫が、結婚するまでとなると最短でも後15年はかかる。IVYは85歳になっているはず。無理かな。でも夢に大きくチャレンジすることが大切だ。

小諸の夏を告げる祇園祭

小諸の祇園祭

7月12日(日)今日は雨もなく祇園日和の一日となる!!

今夜のブログのタイトルは「ほんまち町屋館」さんが新聞に折り込みされたチラシからヒントを頂き、使わせていただく。

小諸の祇園祭「健速神社例大祭」は、祇園信仰一千年と言い継がれる小諸の伝統ある祭であり、一一時の宮出しに始まり、石段下りの後、威勢の良い掛け声とともに街中を練り歩きながら、水掛神事・渡台神事などを経て、夜九時の仮宮納めまで、全行程一〇時間以上に及ぶ、勇壮にして威厳あふれる東信地方を代表する祭である。(文責・健康速神社宮司 金井重忠殿)から一部転載させていただく。

その健速神社までは、我が家から歩いて一分と、かからないところにある。昨日から泊まりで祇園祭に遊びに来ている娘婿が、まだ一度も六角本神輿を見ていないというので、勇壮な「宮出しと石段下り」が11時ころから始まるとチラシに書いてあったので家族で出かける。

神輿の石段下りは、これまでにも何回か撮影しているので、写真を撮るなら、この場所だと案内する。IVYもカメラを持参し、神社で神事が終わり、いよいよ神輿が石段下りのクライマックスを迎える。婿殿も盛んにカメラのシャッターを切っている。

今年も神輿の石段下りをお目当てに大勢の観客がつめかけていた。鳥居をくぐるには神輿を斜めにしながら無事通りぬけ、掛け声と共に、一瞬のうちにに数十段駆け降りる。五秒とかからない速さだ。ドッと観客から拍手が起こる。一斉にさい銭が神輿めがけて投げ込まれるや、縁起物のさい銭を拾う人々が群がる。いつもと変わらぬ風景が展開されて、神輿は、まず本町へ練って出発した。

PS

健速神社の宮司・金井重忠殿もチラシ文に引用しておりますが、IVYも小諸の文化遺産「島崎藤村先生」が明治時代に六年間過ごしたときに小諸の祇園について、「千曲川のスケッチ」の中で書かれております。タイトルは「十三日の祇園」この項をIVYの下手な朗読で聴くことができます。お暇でしたら飛んでお聴きください。

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本のこと・・・・・・

私の本棚

3月13日(金)曇り後時々雨・・・・相変わらず寒い!!

今NHKhiの番組 私の1冊 日本の100冊が愉しませてくれる。

放送時間はBS2で08:45〜とBShiで08:45〜、今BShiは毎日、夕方5時から、一週間分をまとめて放送している。

著名人が本に対する思いを熱く語る。美しい映像と共に、本の一節をNHKのアナウンサーが朗読もする。ほとんど文庫本化しているので、読んでみようかなと思えば、買い求めることもできる。

あなたの大切な一冊は何ですかと、感想やエピソードをサイトに投稿もできる。井上 靖の「風林火山」や島崎藤村の「千曲川のスケッチ」なら、エピソードには、こと欠かない。投稿してみるつもりだ。

番組で取り上げられた本の中に井上 靖の「あすなろ物語」があった。アッこれは一気に読んだ一冊だったので嬉しくなる。文豪が書いた有名な小説ばかりではない、石井桃子の「ノンちゃん雲に乗る」も、ちゃんと入っているところがいい。

IVYがこれまでに買い求めた文庫本は、居間の本棚に整然と積まれている。買い求めた本を、全て読破しているかというと、その二割にも満たない。つまり積読派を自認する。これではいけない。なんとか読む時間を確保して後、10年生きるとして何冊読めるか。カミさんは、今、家にいる時間が長いので、この番組を良く観る。夏目漱石の「こころ」を買ってきて読み始めた。IVYは阿久 悠の「歌謡曲の時代」を読んでいる。五千を超すヒット曲を作詞し平成19年に世を去った阿久 悠のメッセージだ。阿久さんと云えばIVYは八代亜紀の「舟唄」を思い出す。本には、ちゃんと載っている。昭和54年のレコード大賞金賞を受賞している。昭和54年か、景気のいい時代だったな、山田温泉の「藤井荘」で職場の忘年会を盛大にやった。宴が盛り上がったころ、外はシンシンと雪が降っていた。ラジカセで「舟唄」を流す。いい時代だった。・・・・・・・・・・。いけない、いけない何を書いているのか。明日は「落語独演会」もあるし、はる香さんのパンの出張販売もある日。明日はお天気が心配だが久しぶりに忙しくなるぞ。

師匠を偲ぶ

師匠を偲ぶ

1月26日(月)晴れ 

師匠は1月24日 午後10時30分 ご家族に見守れながら天国に旅発たれました、享年81歳でした。25日の夜 ご自宅にて通夜がしめやかに営まれました。奥様から遺影をIVYが撮影した写真の中から選んでいただけませんかと、突然お話されて20枚にも及ぶバックアップCDから100枚をセレクトし、奥様や娘さんに選んでいただいたのが、このお写真です。

2003年6月19日の午後でした。師匠から庭の「うつぎ」が満開だから見においでとお電話をいただきカミさんとお邪魔したときに撮影しました。

今日は告別式がありました。当地では「お斎」のことを「灰寄せ」と呼んでおりますが、そのお席で、IVYさんに「弔辞」をお願いできますかと言われ謹んでお引き受けさせていただきました。生前のご厚情に感謝し霊前に向って「師匠を偲んで」と題して昨夜、したためたお手紙を朗読させていただきました。

ここに全文を引用させいてただき、哀悼の言葉とさせていただきます。

師匠、ヤッさんです。今あなたのご霊前で、追悼の言葉を申し上げます。
ついこの間までお元気だったのに、本当に急にお亡くなりになり、悲しみのあまり、申し上げる言葉もありません。

思えば私が会社生活を終えて、さてこれからどう地域のみなさんと過ごしたらいいのか迷っていたときに家内から紹介していただいたのが同じ町内にお住まいの師匠でした。
あれから、丁度十年にもなるのですよ師匠。私がもし、師匠と出会っていなかったら、
ふるさとの自然の美しさを知らないまま今日を迎えていたと思います。
あるとき、師匠は言いましたね。「ヤッさん高峰山に登ったことがあるかい」「いいえ」「なんだい小諸に住んでいて高峰山を知らないなんて小諸の人ではないよ」。
「そんなに有名な山なのですか」「有名かどうかは、おいといてだ、アズマシャクナゲやハクサンシャクナゲなど高山植物の宝庫だ、雪が融けた五月になると山の一帯に群生して、それは見事なまでに美しいよ」。
「行くかい」「是非ご一緒させてください」。
それはある日の五月の初めころでした。標高2400メートル余の高峰山は、まだ日陰には雪が残っていました。師匠にとって高峰山は裏庭も同然の知り尽くされた山だったのです。
通いなれた急な登山道をスイスイと登って行かれましたね。私はフーフー息を切らしながらやっとのことで師匠の後を追いました。急に辺りが開けた尾根道に出ました。「そこにはアッと息を呑むまでに美しいハクサンシャクナゲが群生しながら咲き誇っていたのです。その下草の辺りには白い小さな可憐な花が「アッこの花の名前は」「これかい、可愛いだろう、みやまかたばみ、かな」。
私は夢中でカメラのシャッターを切っていました。
高峰山の頂で持参したにぎりめしをほうばりました。旨い、実に旨まかったです。
青い空と、澄んだ空気。この気持ち良さを師匠は高峰山の四季折々の美しい植物たちの話を交えながら、若かりしころの武勇伝を懐かしむかのように、そして得意げに話されましたね。

この出来事があって、私は初めて高山植物や山野草の美しさを知りました。
師匠のご自宅が歩いて一分とかかないところですので、撮影してきた写真を持参しながら、植物の名前を教えてもらうために、ちょくちょくお邪魔するようになりました。
植物図鑑を見ながら、とても嬉しそうに「どれどれ、アッこれはネ」と親切に丁寧に教えていただきました。
一息つくと奥様の「お茶でも」の一言で、それは見事な丹精込めたお庭の植物たちの説明をニコニコしながら話されましたね。

私は帰り際に、師匠、我が家は狭い庭ですが、これから少しづつ植物を植えたいと思っていますと、ご相談しましたら「いいよ、」の一言で、いつのまにか、今日は師匠のお宅で、明日は、我が家で、たまにはお互いに夫婦共々、花談義で愉しい一時を過ごさせていただくようになっていきましたね。
あるとき、師匠の奥様が「IVYさん、お父さんは、お宅のお庭も自分の庭と思っているようですのでご迷惑でしょうが、お付き合いくださいね」と笑って話されたことを覚えています。
「ハイ、承知しております。全てお任せしておりますから」。と奥様にお伝えしておきましたよ。

師匠には、植物の先生として、また町内の先輩として私が地域活動をお手伝いさせていただくようになってからも、ご指導をいただきました。いつも町内の寄り合いがあると、必ず、私より先に行かれて席を確保なさっておられ、手招きされて師匠の横に座らせてもらいましたね。
会議が始まるまでは、例によって、まず花談義。「どうだい、お宅の庭に日陰の庭を作らないかい。いい石があるんだよ。ギボウシは家から引っこ抜いていくからさ」。
「エッ、いいんですか」と喜んでお願いしましたね。

師匠、思い出せばきりがないですね。いろんなところにご一緒させていただきましたね。
ボランティアで毎週一回、茶房のインテリアに花や盆栽を飾ってくださいましたね。
二年も続きましたね。いつも季節のお花をお庭から摘んで持参され「今日は、花切れだよ、盆栽で我慢してもらうか」「もったいないですよ、こんな立派な鉢を、枯れてしまったら、どうするのですか」「生き物は、いつかは枯れてしまんだよ」と澄ました顔で、おっしゃっておられましたね。

町内の花一杯運動にも積極的に協力されておられるお姿を、いつも見させていただいておりました。
師匠の手にかかる花が見頃ろを迎えたころにショップや公園に季節の到来を告げていました。コンクールで一等賞もとりましたね。たまに「九厘草は育てるの、むずかしいや」なんて師匠にしては珍しく弱音をはいておられたこともありましたね。

私は師匠に植物を通して「心のやさしさ」を教えていただきました。
植物を生涯、愛してやまなかった師匠。いや植物ばかりではありません。「物の大切さ」も同時に教えていただきました。

そんな私にとって人生の大先輩でもある師匠が、突然のようにご家族の懸命な看護の甲斐もなく、あの世に旅発たれてしまわれました。
師匠、あまりにもあっけないほど、早い幕引きではありませんか。
もっと教えていただきたかった。もっと語り合いたかった。
今、そっと目をつぶると、あの日、あの時に時間を共有できたことがらが、走馬灯のように頭をよぎっていきます。

師匠 今、家内共々、なんとも寂しい、いいようもない、深い哀しみに、こらえることができません。
そんな弱気になってもいられませんね。師匠、私どもは、ここにお約束します。
残された奥様や娘さんご家族に、少しでもお力になれるよう頑張っていきます。

生前の優しかったお姿と霊前のお写真がダブってきて、また新たな涙がわき上がってくる思いです。娘さんが、云っておられましたよ「このブルーのチエックのシャツ、お父さんのお気に入りだったのです」って。そう云えばお似合いでしたよ。それと帽子も。新しいですねとお尋ねするとテレながら「これかい、娘が、どっかで買ってきたらしいよ」なんて嬉しそうに話す師匠。とってもお洒落でしたね。もっと、もっと話していたいのですが、
どうか師匠、安らかにお眠りください。心からご冥福をお祈り申し上げます。                          合掌
故  師匠 殿
平成二十一年一月二十六日                      IVY

尚、文中に個人名が出てくるところは「師匠」と「IVY」に置き換えております。

祇園祭りの頃

祇園祭りの頃

日陰の庭で「ギボウシ」が花芽をスッと伸ばして蕾も膨らんできた。
初夏のころは新緑の葉を愉しみ真夏には花も愉しめる。
虫も付かない丈夫な植物で、花が終わった庭で、これから涼しげに咲き続けてくれる。

梅雨明けが待たれるこの時季は、蒸し暑く雨も降ったり止んだりと目まぐるしい。夕方には雷雨になる。この時季に決まったように行われる祇園祭りだが、今年は12日が「市民祭り」で13日が健速神社の「例大祭」だ。どうやらお天気は、まずまずの予報が出ている。

ところで、藤村は小諸時代を過ごした、明治32年4月から六年の間に有名な「千曲川のスケッチ」を書き残しているが、ここでも小諸の祇園祭を活写している。時節柄、藤村が見た小諸の祇園を昨夜から朗読しているが、今夜は、「十三日の祇園」の項を録音した。

藤村の目には、小諸の祇園がどう写ったのだろうか。興味がある。

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神輿を祀る健速神社を控えた通りに昔の北国街道だった本町通りがある。
ここに「北国街道ほんまち町屋館」がある。


ほんまち町屋館は、「街なみ環境整備事業」の一環でコミュニティ施設として運営されており、市民や観光客の憩い場として定着してきておりますが、13日に開催される「健速神社例大祭」もタイアップして本町のイベットととなり盛大に賑やかに繰り広げられます。

そのチラシにタイミング良く明治45年7月に発行された当時のタウン紙とでも云うべき「信濃商業新報」の紙面が載っていました。藤村が小諸時代を過ごした10年後の頃ろの新聞です。

見出しは「小諸・祇園祝売号」。
少し転載してみます。
「小諸の祇園祭・・・商店競ふて祝売す・・・・」

きょう幕時代より小諸の祇園祭典は毎年七月十三日にして小諸祭典中唯一特色あるものなり、この時期は付近の農家に於て、田植、麦刈り、養蚕を終り収穫後とてこの盛典を見んとするものは繁忙中の楽みに待ち明し皆金を懐中に多大なる買物をふす倣へにて其人出は南北佐久小県に及び年々幾萬人なるを知らず本町の如きは一祭り千円と称し御神輿の町を通る度に商へのあると伝ふる程なりされば当日各商店は競ふて祝売し顧客を吸集せんと早くより用意に余念なき程なり本年も例年に劣らず盛んなる祝売をさんと本紙に広告せる各商店は勿論他商店も・・怠りなく準備中なり。・・・・・・・・。

凄いですね。かつて小諸は大商都だったことが伺えます。

それでは現在は、どうでしょうか。道の両側には露天商が軒を連ねて、地元の商店主は商売にならないと嘆くばかりで、往時の面影は残念ながらありません。

亡くなってしまいましたが、親父も商人の一人でした。健速神社の氏子の一人として祇園の日は店を家人に任せて一日中、神輿についていました。

ここに親父の日記帳があります。1971年版ですから昭和46年です。
今から37年も前の日記です。私は当時、親と同居していましたが32歳ころでしょうか。

7月11日(日)の日記です。天候・晴れ。

十三日の祇園祭も日曜日の今日に繰上げて今日になる。店の売上げも三万五千円也。氷水と冷中華がよく売れた。九一(手代)に〇〇ちゃん日曜日故靖も手伝ってくれ大変助かる。

たったこれだけですが、万年筆で毎日書き綴っていました。(これ真似できません)その数日前の日記に「孫(私の娘)に小岩の祭半纏をプレゼントすると書いてある。親父も同じことをしていたのだなと、読みながらクスッと笑ってしまう。私はサラリーマンになってしまったので、商いのことは、わからないが、丁度、ボーナス時と重なるので、祇園には、材料費にしておくれといくらか親父に渡していたことを思い出す。親父は晩年、小さな大衆食堂を営んでいたが、77歳まで生涯現役だった。良く親父が云った「商売は特に水商売は大変だけど、日銭が入ることは有難いことだ」と。

それにしても親父も私も娘も神輿の季節になると心が躍った。今、孫も負けてはいない。今朝も早くから泊まりで来訪し法被を着て町へ出て行くときかない。今年は残念ながら神輿の担ぎ手から見物に回るが、夜の神輿パレードは圧巻だ、やはり小諸の夏は神輿から始まる。

健速神社に祀られている神輿

明日の宮出しを前に綺麗に清められた神輿を参拝してきた。明日はお昼ころ石階段を降りて町に練ってくる。

繁華街を練る子供神輿

お天気にも恵まれて朝から快晴の神輿日和だ。各町内の子供神輿がヨイショ、ヨイショと元気な掛け声と共にとパレードが始まる。

祇園祭り近づく

大手門広場で気勢を上げる大手連の神輿

蒸し暑かった昼間が嘘のように涼しい風が窓から入って来ます。
外から子供達のワッショイ、ワッショイの掛け声が聴こえてきます。
十二日に迫った「市民祭」に参加する各町内の子供神輿が、練習を兼ねて練っています。

昨年までは、わが町内の神輿も「市民祭」に参加して「大手門神輿」の連が威勢良く街を練っていたのに。今年は残念ながら不参加となりました。大人神輿は担ぎ手を少なくても四十人は確保しなければなりません。町内の人事係りが、これまで、なんとか担ぎ手を集めて参加しておりましたが、今年は、とうとう諦めることになり、区長も苦渋の「不参加」を決断せざるを得ませんでした。写真は数年前のものですが、背に大きく大手連と染められた粋な法被をまとい大手門広場で気勢を上げています。懐かしい写真です。

翌十三日は小諸伝統の暴れ神輿が街を練りますが、今年は今一、IVYも気分がお祭モードになりません。昔から続く伝統の小諸の祇園祭を島崎藤村も「千曲川のスケッチ」で詳細にスケッチしています。久しぶりに朗読をしました。

下記のURLからどうぞ。

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ギボウシの庭

ギボウシの庭

大型連休に入ってから好天が続いている。明日から一週間も行楽日和とか。これで行楽地もホッとしていることだろう。暫定税率も今日の国会で再可決となり、明日からガソリン価格も値上げにIVYも慌てて給油はしたものの、何処かへドライブの予定もない。それにしても1リッター170円台の突入もありえる。全てが値上げ、値上げの春には困ったもの。

ギボウシの庭2

毎日が日曜日だ、IVYには大型連休は関係なし。今日も庭で一日過ごして終わり。「ギボウシ」が大きく育ってきた。まだ株の開いていないのもあるが、好天が続くようなので一気に日陰の庭の主役たちも出番を迎えようとしている。

花海棠

朝が遅いので庭の水遣りが終わるころにはお昼だ。「花海棠」が満開を迎えたので一枝切って食卓に飾ってやる。

レタスの生ハム巻き

冷蔵庫にあったレタスに生ハムを巻いてサラダを作る。オリーブ油と塩だけのシンプルなドレッシングで食べる。食パンも値上げされた。トーストに使うバターがスーパーから消えた。パスタに使うハードタイプのパルミジャーノ・レッジャーノをスーパーで探すが無い、無い。店員に聴いたら、外国から入荷の見込みがないという。世の中、変におかしくなってきている。

PS

久しぶりに朗読しました。
藤村の古井戸に植えられている「姫りんご」の花が満開でした。急に藤村の「初恋」を録音しました。下記のURLでお聴きください。

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雨の庭

雨の庭1

雨の日は図書館が似合います。
自宅から歩いて二分ほどの処にあります。長野県で最初にできた図書館だと聴いております。蔦が絡む大正ロマン溢れる建物ですが、老朽化して床廊下を歩くときしみます。この四月に二期目がスタートした市長の公約に「図書館の建設」があります。市民の一人として、また図書館を利用する者として、その実現を楽しみにしています。今日は「島崎藤村の余韻」というタイトルにつられて一冊借りてきました。当時の小諸義塾や町の商店のことなどが書かれておりました。久しぶりに朗読を収録しました。落梅集から「小諸なる古城のほとり」を。
下記のURLにUPしました。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝から冷たい雨が一日降り続きました。
このところ一雨毎に緑が増して、すっかり若葉の季節になりました。
一年のうちでも今頃ろが一番、心が躍ります。
朝起きて庭に出ますと必ず新しいことを発見します。

雨の庭3

花壇の側面に敷いた古木から「きのこ」が傘を広げていました。

雨の庭5

今日は雨降りです。「破れ傘」とは粋な名前をつけてくれた山野草。

雨の庭4

「北海道やつで」も可憐な白い花をつけています。

雨の庭2

こぼれ種から今年も、「すみれ」が顔を見せています。

雨の庭8

日陰の庭の主役「一輪草」が、ひっそりと雨に濡れていました。

雨の庭6

春一番の「レンギョウ」も花から葉に変わった頃ろ、「くるめつつじ」が咲き始めました。

雨の庭7

山野草は今が旬。これから山芍薬、碇草、やまぶき、更紗どうだん、と続きますが。「ギボウシ」も地面から姿を見せ始めています。これから日陰の庭の主役に取って変わります。洋花では、早くもモンタナがトレリスに蕾を絡ませています。

薔薇もシュートが伸びて、柔らかい葉が元気に茂り始め、五月に入れば一番花の期待が高まります。

夏の季節に向けて、苗のハーブとトマトを買ってきました。男のイタリアンには、どれも、なくてはならない夏野菜です。夏といえばIVYには育てなければいけないペチュニアがあります。毎年、キリンさんから贈られてきたのですが、残念ながら今年は買わなければなりません。薄いピンクの苗を一ポット買ってきました。また、こんもりとした花姿に育てるのが愉しみになってきました。

春の陽気に誘われて・・・・・・

春の一日1

久しぶりに春らしい陽気となる。
孫が一週間ぶりに元気な顔を見せに来た。
「どうだ、保育園は楽しいかい?」。
庭で出迎えたときから「パ・ソ・コ・ン」と云いながら二階へサッサと上がっていく。孫のお目当てはパソコンの「キティちゃん」のゲーム。どうやら、いつもと変わらない孫の様子に少し安心する。

春の一日3

お天気もいいので、Nさん宅の水仙畑へ連れて行ってやった。三分咲きといったところだが、お好きなだけ採ってくださいといわれて、みんなで畑の中へ。回りに桜や桃の樹が植えられていて、こちらも三分咲きか。遠くに浅間山連峰が見え隠れする。それにしても先日の雨は山は雪だったのか。例年になく沢山雪が残って見える。

春の一日2

畑の前からIVYが卒業した中学校の校舎が見える。校章が梅というほど、通学通路脇は梅の樹が植栽されていて、その梅の花が見頃ろを迎えていた。

春の一日5

水仙狩りを愉しんでから、お茶会にも連れて行った。今日のお茶席は、娘が稽古に通ったときのお仲間さんが亭主で催されたもので、お招きを受けていた。孫も神妙な顔つきながら、一人前にお饅頭と一緒に一服頂いていた。娘も小学校の一年生のときからお茶を習い始めたいたせいか孫にも、いずれ習わせるつもりもあるようだ。

春の一日4

床の間には、どれも渋い茶道具が展示されていた。即売もしているようだったが、目で愉しんできた。

また明日はお天気も下り坂だという。懐古園の桜便りは、まだ届いていな
い。

PS

今夜は千曲川のスケッチを録音できませんでした。
実は「IVYおじさんのpodcast」の既製のテンプレートを「いじくりまわして」おりました。朗読のブログですので見るのではなく聴いていただくブログですのでページデザインは黒い背景色をセレクトしましたが、何か物足りない。サイトで確認したら、HTMLやCSSはサポート対象外だが、自由に変更は可能とのこと。早速、テンプレートのHTMLを参照する。ブログタイトルの背景に任意のバナー画像を貼り付けたい。プレビューを繰り返しながらタグを打ち込む。アレレ画像は貼り付いたがテキストのレイアウトが崩れてしまった。暫くHTMLから遠ざかっていたので、参考書と首っ引きで、なんとかイメージ通りのレイアウトが表示される。島崎藤村先生が小諸生活に別れを告げて上京する前に、小諸義塾の生徒たちと、懐古園の天守閣跡の石垣に登って記念撮影をしています。その石垣でIVYも。・・・・・・。

千曲川のスケッチを読んで・・・・・

島崎藤村を読む

わが町の文化遺産・島崎藤村を読んでいます。
ご存じかもしれませんが、藤村は、明治32年4月に、小諸にある「小諸義塾」の教師として赴任しました。小諸時代の藤村は、この地の自然、風俗人情にふれ、有名な「千曲川のスケッチ」などを著しています。

そして藤村は、明治38年4月に「破戒」前半の原稿とともに上京。7年間の小諸時代に終止符を打ちました。

東京で妻、冬子さんと結婚式を挙げて小諸に赴任してきたのですが、新居を借家ですが馬場裏に構えて新婚生活が始まります。わが家から歩いて1分もかからないところに、かつて藤村が住んでいたんです。いつか読まなければと思いつつ、藤村の全集物も書棚に眠ったままですが、今回は親しみ易い「千曲川のスケッチ」を声を出して読み、朗読としてブログでも恥ずかしながら公開することにしました。

文庫本にして約190頁ばかりありますが、最後まで朗読を続けるつもりです。今夜も「古城の初夏」を録音しております。声優になったつもりで、イントネーションに工夫しながら、段々と愉しくなってきました。

昔の小諸を知るには、とても素晴らしい写生文です。大きな声を出して読んでいますのでお腹も空きます。脳細胞にも、ほどよい刺激があって、ボケ防止にも一役買ってくれています。

よろしかったら飛んでお聴きください。藤村が歩いて観た風景など写真も添えています。

朗読ブログ「IVYおじさんのpodcast」

春の嵐

春の嵐
荒れた天気でスタートした卯月の四月。
気温も低く冬に逆戻りのような陽気に一日、炬燵に入って朗読の練習をしていました。IVYの趣味は何事も独学でして、これまで教室とか同好会とかに通ったこともなく、ゆえに何事も物にならずに終わっています。

それで、いいと思っています。今日も図書館に行ってプロが朗読するCDライブラリーを何冊か借りてきて聴いてみました。市内にも朗読サークルやボランティアなどがあるようですが、趣味は一人で愉しむものと決め付けていますので、暫くは、パソコンに向かって録音しMP3のファイルに保存すればipodで一人、にやにやと聴くことができます。

文庫本2ページを朗読すると約4分から5分くらいの時間になります。本番の録音の前に十回位いは練習してから本番に向います。こんなことをしていると時間はアッという間に過ぎていきます。

藤村の「千曲川スケッチ」は、もう何度も読み返していますが、「小諸人」なら読めば読むほど、小諸の自然の素晴らしさを実感できます。人は変わっても自然は昔のままです。その自然が一年中で一番美しい季節が、やっと訪れようとしています。

今夜も「千曲川のスケッチ その一 学生の家」の続きを下記URLにUPしました。少しテンポを速くしたせいか、口が追いついていけません。

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PS

今夜のNHK総合「プロフェッショナル」。
WEBデザイナー中村勇吾を観ました。
FLASHアニメを多用したWEBデザインに圧倒されました。
早速、WEBを検索して飛んでみました。
抜群のアイデアとセンス。
素晴らしいの一言です。

http://www.deji-so.com/
http://www.deji-so.com/annex/
http://banglassi.com/
http://banglassi.seesaa.net/

春の淡雪

千曲川のスケッチ1

今朝の春の淡雪には驚きましたが、またたくまに溶けて、日も射して来ましたが相変わらず肌寒い日が続きます。

今日も島崎藤村の「千曲川のスケッチ」を録音しておりましたが、新潮社から発刊されている文庫本も赤い表紙のものは平成10年8月の68刷で字が小さくて読みずらいので本屋で平成17年8月の72刷のものを買い求めました。これなら行間も倍くらいで読みやすいので助かります。

千曲川のスケッチ3

島崎藤村は明治32年4月に旧師木村熊二の招きにより英語・国語教師として小諸義塾に赴任します。そして同年、妻、冬子さんと結婚し小諸町馬場裏に新居を構えます。その小諸義塾は移築され懐古園の前に保存され、小諸義塾記念館として一般に開放されております。

馬場裏は今、住居表示の変更があり「大手」と呼んでおりますが、IVYが住むのも昔の馬場裏なのです。そして結婚したばかりの冬子さんも使ったといわれる井戸が、わが家の目の前にあり、今は、藤村の古井戸公園となっております。

千曲川のスケッチ2

島崎藤村は東京で冬子さんと結婚し、小諸義塾の英語と国語の教師として小諸に赴任し、新居のある馬場裏で七年間過ごされて小諸を去ります。

藤村の小諸での七年間をオリジナルなシナリオで舞台化したのが、2000年8月に小諸市文化会館で公演された文豪島崎藤村生誕130年・ガラ藤村・舞台公演「表白のとき 小諸日記〜藤村と冬子〜」でした。

大切に保管してあった懐かしい台本です。キャストは劇団「青年座」の中堅俳優他のみなさんでしたが、スタッフは地元小諸のボランティアのみなさんでした。IVYも制作デスクとして台本に名を連ねている一人ですが、エピソードが、余りにも有り過ぎてブログでは、どのような形でUPするか迷うところです。

このお芝居に登場する人物は皆「千曲川のスケッチ」でも登場してきますが、小諸義塾の絵画教師だった三宅克己や丸山晩霞の展覧会が今、小諸高原美術館で開催されております。

美術館のホームページより以下に転載します。

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『小諸義塾の水彩画家展』では、今から約百年前に小諸にあった私塾小諸義塾で図画の教師を勤めた丸山晩霞、三宅克己とそこに学んだ小山周次の水彩画約70点を展示しております。
 このうち丸山晩霞の作品には、東御市の丸山晩霞記念館よりお借りした10点も含まれています。中には描かれてから100年以上経過したものもありますが、みずみずしさは一向に失せておりません。
 白鳥映雪館では、画伯の春をテーマにした作品を中心に展示しております。
 どうぞごゆっくりご覧ください。


開催日:2008年3月15日(土) から 5月25日(日)

場所・時間等:
市立小諸高原美術館・白鳥映雪館

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「千曲川のスケッチ」その一 学生の家、を録音始めたところですが、いきなり懐古園の桜が登場します。自然は昔も今も変わっていません。桜が出てきましたので下記に小諸市観光協会のURLをリンクしておきます。そろそろ桜が気になりませんか。

http://www.kanko.komoro.org/index.html

朗読・島崎藤村著「千曲川のスケッチ その一 学生の家」は下記のURLでお聴きください。声を出して読むことは、脳を刺激してボケ防止にもなります。上手下手ではなく、とても愉しい時間が過ぎていきます。お聴きになられる方にはご迷惑になるとは思いますが。ゴカンベンを!!

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園芸シーズンの到来

園芸1

弥生の三月も終わろうとしている。
いよいよ花の四月が到来する。
待ちに待った季節。今年ほどこの季節を待ちわびたことはない。

園芸6

わが家の庭に春を告げる一番花も開花まで後数日となった「れんぎょう」。
この花がヘンス沿いに咲き乱れれば今年の園芸シーズンの開幕となる。

園芸2

昨日、植物大好きの友人が届けてくれた「ブルーベリー」の苗ポット。
「早く鉢に植え替えしてね」と云っておられたので、早速、ホームセーターまで車を走らせ、用土・肥料・鉢などなど、当面の園芸資材を購入する。

「実ものも愉しいね」と云った一言を覚えていたらしい。嬉しいね、それも二つも届けてくれて、カミさんと今年最初の庭仕事が始まった。

園芸3

このところ寒い日が続き、春は足踏みしているようだが、それでも庭に目をやれば、ピンクの「ヒマラヤユキノシタ」が、いつのまにか開花していた。

園芸4

枯れ草の隙間からは「碇草」の可愛い芽や「山芍薬」の赤い芽もスッと元気よく土から顔を出していた。

園芸5

自然は素晴らしい植物たちも出番を待っていたとばかりに人間様に「春だよ、春だよ」と告げしているよう。

PS

昨夜「朗読・島崎藤村作・千曲川のスケッチ・序1」を恥ずかしながら初UPしたが、再生してびっくり。

いやいや、これはIVYの声ではない。それに、あんな早口で録音した覚えはない。これは何かの間違いではないかと、サーバーに問い合わせた。MP3のファイルの作り方に問題があるのか、とにかく技術的なことについて詳しく調査しないと。今夜は続きをUPする予定だが、困った。

昨夜UPしました別館「IVYおじさんのPodcast」の朗読が再生不良でご迷惑をお掛けしました。やっとその原因がわかりました。録音の際のサンプリングレートの設定誤りでした。今夜は44.1KHZで録音しましたので正常に再生されるはずです。

それでは「島崎藤村・千曲川のスケッチ序2」を下記のURLでお聴きください。また、最後で「つまずいて」いますが。練習、練習の毎日ですが、今日のような寒い日は、一日マイクに向って愉しんでおります。

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朗読に初挑戦

朗読初挑戦1

今から八年も昔の話。
リタイアして暇を持て余していたら「ガラ藤村」と云うボランティア団体からお誘いがあった。「どうですか、小諸の文化遺産・島崎藤村で一年間、小諸の町を賑やかにしませんか」。で、私は、どんな仕事をするのですか。「事務局デスク」です。「デスク」か。つまり机の仕事ですね。事務ですか、お引き受けします。と一つ返事してしまったのが運のつき。

終わってみれば「雑用一手引受係」だったが、三十数年もサラリーマン生活をしてきたが、かつてこれだけの感動に浸るとは想像もしていなかった。

正式には「ガラ藤村イベント実行委員会」と呼び、メインイベントは市の文化会館で開催した舞台公演「表白のとき」だった。

この仕事を引き受けなかったら、小諸に生まれ小諸に育ちながら「島崎藤村」を学習しないまま生涯を終わっていたことだろう。

朗読をするならと決めていた「島崎藤村」。
リヨン社から発行されている「えんぴつで、読み、書き、味わう、島崎藤村」と云う格好のテキストがあった。

朗読初挑戦2

台本を前に「超録・パソコン超時間録音機」なるフリーソフトを使って、初めて自分の声をパソコンに収録した。このソフト、高音質のオーディオファイルMP3に変換までしてくれる優れ物。

初朗読に取り上げた藤村文学は、数々の名作の中から、勿論「千曲川のスケッチ」を選んだ。

それでは、恥ずかしながら次のURLに飛んで続きをお聴きください。

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声の便り

声のブログ

三月も下旬ともなりますと地域の集まりがあり、このところ毎晩のように会議が続いています。ブログも書く素材はあるのですが、UPしようとパソコンに向かうのですが、睡魔には勝てません。

WEBの世界には便利なツールがドンドン開発されて、とうとう声のブログまで登場してきました。忙しい時には手軽るで便利です。

ポッドキャストと呼んでいます。
自分のブログで実現出来れば都合が、いいのですが、今のところそれは無理。と云うことで別館を作って、リンクさせました。実は、これからの趣味の一つとして「朗読」に挑戦しようと思いました、手軽るなところで携帯電話の録音機能を使って試みましたが、これをパソコンに専用ソフトをダウンロードして将来的には「朗読ブログ」も公開したら愉しいだろうなとも思っております。

まずはご挨拶代わりに下記のURLに飛んでIVYおじさんのメッセージをお聴きください。

http://ivyblog.seesaa.net/

句集届く

パフィオ咲く

還暦を迎えたばかりの下の妹が恒例の句集を二冊も届けてくれた。
生憎、出掛けていたのでポストに届けられていた。
添書きに「日々の生活を日記代わりに句として詠み、六年も続けられたのは、自分でも不思議な気がしますと」と書かれていた。

私の書棚に、これまでの句集がある。
平成15年の「冬篭り」、16年の「夏惜しむ」、17年の「春障子」、18年の「秋の暮れ」。そして届けてくれた19年の「あやめ草」と20年の「芝桜」。句集の表紙もアイデア一杯のお手製のもの。その年のタイトルも愉しみながら見つけてつけているのだろうな。女性らしい優しいタイトルだ。

「相変わらずの自己流、稚拙で恥ずかしいものですが冬休みの恒例の宿題として完成致しました」と付け加えているが、どうして、どうして、最近でも2007/12月号「PHPほんとうの時代」の「俳句塾」に今月の題「冬の朝・再」に投句して「秀作」にも入選している。

「冬の朝噴きこぼれいるミルクテイ」

届いた句集から、私の好みで、いくつか選んでみた。

「日替わりの冬の山々空の色」

妹夫婦の家は浅間山麓の地にあり、雄大な浅間山が見られる。

「お好みの浴衣選びて春の宿」

家族で温泉旅行でも愉しんだのかな。

「還暦の赤よバラよと手渡され」

アッ、贈ったよな忘れずに兄様として。

「お入りと犬招きいれ暖炉の火」

前出のお家の犬かな、ベランダからも部屋に入れて、この冬は「テン」も新顔に加わったとか。

「利休忌や祖父とも同じ忌日なり」

エッ、親父じゃなくて爺様か、仏壇のお位牌を見た。二月二十八日行年七十五歳で亡くなっている。そうなの爺様は風流な人だったからな。俺も後十年を切ったな。いろいろ、やらなきゃ。

それでは、IVYの隠れフアンでもある妹の嬉や一句を紹介してお・し・ま・いとする。

「我が兄貴ブログの達人五月尽」

PS


昨年の暮れに蕾を確認したパフィオペディラムが漸く開花する。
それも二鉢も。昨年は蕾のまま枯れてしまい残念なことをしたが、今年は液肥も与えず、水遣りも冬場は控えめで管理してきただけだが、これから暫く愉しめそうだ。

利休忌に寄せた句で思った。

茶道 石州流

孫離れにこれからの過ごし方を模索していた。妹からも「俳句」は老後の楽也りと勧められてはいるが、IVYの灰色の脳細胞では無理。アッ茶道もいいな。娘は師範の免許を持っているが、娘に習うのも、なんだな。亡くなってしまって残念だが、生きておられれば、お隣が娘がお稽古に通った「お師匠さん」のお宅だったのに。誠に残念でならない。

「朗読」も候補に上げているのだが。ネットで同好者の活動グループを検索してみよう。

父母恩重経

父母恩重経

Rコメントが遅くになってしまい申し訳けありません。
今夜、全てのコメントにお返事を書かせていただきました。

お盆さんは、いつ、「おっしゃん」(住職)が読経にみえられるか、わからないので留守ができない。その「おっしゃん」が夕方、暑い中を来てくださった。わが菩提寺は檀家が少ないとはいえ、一軒、一軒、読経に回られるのはご苦労さんなことだ。数珠とお経本を持ってカミさんと仏間に座る。「おっしゃん」は、いつもの「開経偈」から入って、お題目を唱え、次の檀家へ急ぎ足で向った。

今夜はお盆さんでもありますので、先日、ブログでも触れましたが、私の好きなお経をご紹介しましょう。「父母恩重経」または「感恩の歌」とも言われております。私が最初に、このお経を耳にしたのは、今から二十数年前に女親が亡くなったときの葬式の日に「おっしゃん」が詩を朗読するような語り口で唱えときです。ここに全文を転載してみます。

感恩(かんおん)の歌      竹内浦次 作

あわれ同胞(はらから)心せよ  山より高き父の恩
海より深き母の恩  知るこそ道の始めなれ

児を守(も)る母のまめやかに  わが懐中(ふところ)を寝床(ねどこ)とし
かよわき腕を枕とし  骨身(ほねみ)を削(けず)る哀(あわ)れさよ

美しかりし若妻(わかづま)も  幼(おさな)児(ご)一人育つれば
花の顔(かんばせ)いつしかに  衰(おとろ)えゆくこそ悲しけれ

身を切る如(ごと)き雪の夜も  骨さす霜(しも)のあかつきも
乾(かわ)ける処(ところ)に子を廻(まわ)し  湿れる処に己れ伏す

幼きものの頑(がん)是(ぜ)なく  懐中(ふところ)汚し背をぬらす
不浄をいとう色もなく 洗うも日々に幾(いく)度(たび)ぞ

己は寒さに凍(こご)えつつ  着たるを脱ぎて子を包み
甘きは吐きて子に与え  苦(にが)きは自ら食(くろ)うなり

幼児乳(おさなごちち)をふくむこと  百八十斛(こく)を越すとかや
まことに父母の恵みこそ  天の極(きわ)まりなき如し

若し子の遠く行くあらば  帰りてその面(かお)みるまでは
出(いで)ても入りても子を憶(おも)い  寝ても覚(さ)めても子を念(おも)う

髪くしけずり顔ぬぐい  衣(きもの)を求めて帯を買い
美しきもの子に与え  古きを父母(ふぼ)は選ぶなり

己れの生(せい)あるそのうちは  子の身にかわらんこと思う
己れ死にゆくその後(のち)は  子の身を護(まも)らんこと願う

よる年波(としなみ)の重なりて  いつか頭(こうべ)の霜しろく
衰(おとろ)えませる父(ちち)母(はは)を  仰(あお)げば落(お)つる涙かな

  ああ有難き父の恩  子は如何(いか)にして酬(むく)ゆべき
ああ有難き母の恩  子は如何(いか)にして報(ほう)ずべき

 はえば立て立てば歩めの親心(おやごころ)わが身につもる老いをわすれて

 世を救う御代(みよ)の仏(ほとけ)の心にも似たるは親の心なりけり


如何ですか。難しい事は何も言っていませんね。声を出して読んでみてください。そして繰り返し、繰り返し読んでいくと、何故か泣けてくるんですよ。あのときもそうでした。「おっしゃん」の名調子。いや失礼。あれから三回忌、七回己と亡き両親の法事をするたびに、「おっしゃん」は残された子供たちのリクエストに応えて、この「感恩の歌」を唱えられました。私が四十代のころです。

全て好きですが、最後の「あゝ有難き父母の恩 子は如何にして酬ゆべき」。私の二親は、共に静かな優しい人でした。いつも笑顔を絶やさす、特に女親はフ・フ・フと黙って笑っているのが印象に残っています。最後は家で看取りました。親族からは男親は「ひこちゃん」女親は「おむらさん」と親しく呼ばれて、にこやかに応対している姿を今でも覚えています。

・・・・・・今夜の絵手紙・・・・・・・

兄妹宛に送った絵手紙です。桃を描いたつもりですが。

絵手紙〜桃